小説
お節介は日常を遠のけた
 彼らを見送ると、アランは部屋の隅に固まっている拷問器具の吟味を始めた。

(…おわ、った?いや、まだ?まだ、あるの…?!)

 くすぐりからは解放されて、リーファは怯えながら足を引き寄せ、何度も深呼吸を繰り返した。ずっと足を開かされていたから、それがなくなっただけでもありがたい。

 ぼうっとしていた頭も、呼吸を正していくにつれて冷えてくる。
 しかしそれが良かったのかまずかったのか。
 すぐにペンチやら針金やらがリーファの側に転がってきて、必要以上に血の気が引いて行った。

 アランを恐る恐る覗き込むと、顔には意地の悪い笑みが零れている。

「さて、何がいいか?
 ペンチで爪を一枚一枚剥いでやろうか?それともその二枚舌に針を刺してみるか?」

 当たり前だが、まだ拷問は終わっていないのだ。
 次は痛い方向で苦しめられるだろうと想像し、アランの視線に耐えられなくてつい目を逸らす。

「…これは、何ですか?」

 少年兵は、自分の足元に転がってきた洋梨状の鉄の塊を拾い上げていた。
 この場に不釣り合いな笑顔で、従者がそれを手に取り教えてあげている。

「それは”苦悩の梨”というやつでね。
 口とか肛門とかの穴に入れてネジを回すと、花びらのように開いていく器具だよ。
 これは中にトゲがついてるから、内臓を無理矢理押し広げて、更に中をトゲでかき回す。
 相当痛いだろうねー」

 従者が慣れた手つきで”苦悩の梨”を弄ると、説明した通りに丸みを帯びた鉄の塊が開いていく。
 中は複雑な構造になっているようで、太いネジに連動して洋梨の部分が押し広げられているようなのだが、『花びらのように』と形容するにはあまりにも禍々しい。

「………………」

 説明を受けている少年兵の顔色は悪い。
 深々と兜は被っているから顔立ちはよく見えないが、身の丈はリーファよりも低いような気がする。訊ねたとは言え、少年には刺激が強い内容だったのかもしれない。

 と言っても、リーファだって目眩を起こす程に衝撃的な内容ではあったが。

(あんなものを…?!)

 従者の持つそれはそこそこ大きく出来ており、使う場所によっては入れるだけで痛みを伴うだろう。

 従者達の会話を聞いて、アランが嬉々として顔を上げた。体を起こし、少年兵に向けて命令する。

「よし、それにしよう。新米、お前がやれ」
「「ええっ!?」」

 少年兵とリーファから、同時に絶望的な声が上がった。

「まあ、こういうのは何事も経験だから。僕も手伝うから、頑張って」

 ”苦悩の梨”を渡し、笑顔の従者が少年兵を背中から促している。

「──────」

 拷問器具を持った少年兵が、表情を押し殺しリーファの前に立った。

「や…やだ、やめて。お願い…!」

 リーファの懇願は少年兵には届いていないようだ。カシャ、と靴音を立てて一歩踏み出してくる。

 足は動かせるが、腕は拘束具によって固定されている。
 全体重をかけて鎖が千切れないか試すもびくともしない。
 逃げ場はない。

(何で…何でこんな目に…!)

 ここに来てから何度も心で唱えた言葉に、リーファの目から大粒の涙が零れた。

 そして。

「…ふ」

 がちゃがちゃがちゃんっ、と鎧と石畳が擦れ合う豪快な音を立て、少年兵は崩れ落ちた。
 手には”苦悩の梨”を持ったまま、青白い顔でぐったりしている。
 どうやら失神したようだ。

 何が起こったのかと、従者が目を丸くしてリーファを見た。

「………………………ねえ君、今何かやった?」

 確かにタイミング的にリーファが何かやらかしたような気もするのだが、本当に何もしていない。

「…なんなんですか」

 俯いたまま、ぼそりとリーファがぼやく。
 ぼろっぼろっと涙が落ちて、服にシミを広げていく。

「母さんは死んじゃうし、父さんはどっかに行ったっきり帰ってこないし。
 私みたいなのだって、生きていかなくちゃいけないのに。
 お仕事して、やっと食べ繋いでいける位になったのに。
 よく考えたら、もっと恵まれない人たちは、いっぱいいて。
 ああ、私、この国に、生まれて幸せなんだって、思ってたから、何か、恩返し、したくて。
 この、平和が、いつ、までも、続いて、欲しくて、ただ、それ、だけ、なのに…!
 なんで…なんで…なん、で………………!!」

 吐き出せるものを全て吐き出した。後は嗚咽ばかりがリーファの口から零れ出る。

 泣きじゃくるリーファを見下ろして、従者とアランは顔を見合わせた。
 アランは溜息を吐いてリーファの前に腰を下ろし、彼女の涙を乱暴にこする。

「ならば話せ。お前は私に何を隠している」

 涙で歪んだ視界の先にいるアランを見つめ、一度は口を開きかける。
 しばらく唇を小刻みに動かすだけだったリーファは、躊躇いながら訊ねた。

「言ったら…殺しますか」
「場合によってはな。だが、言わなければ生きてここから出られんぞ」

 視界の端に拷問器具が落ちている。
 口元が震え、歯がかちかちと鳴る。

(言わなきゃ…出られない………。
 言っても…殺される………)

 選択肢などないようなものだった。選べる、というだけだ。

 どこで間違えたのか。
 薬剤所で軽口を言ったのがいけなかったのか。
 長居をしようとしたのがいけなかったのか。
 たまたまあの場にいたというだけで、目をつけられたのかもしれない。
 王族の考える事だから、リーファのような民草など壊してもいい玩具と思っていても不思議ではない。
 あるいは。

(守りたかった、だけだったのに………)

 大分間をおいて、リーファはぼそりと告げた。

「私…人間じゃ、ないんです…」