小説
魔女達の呪い
 午後に入りおやつの時間となって、リーファはアラン達と一緒に執務室に備えられたテーブルで休憩をしていた。

 今日のおやつは桃のクラフティ。
 芳醇な桃の甘みと濃厚なプリンが合わさり、絶妙な焼き加減からくる風味が口いっぱいに広がっていく。

 甘いものが苦手らしいヘルムートは、アランの側に自分の皿を移動させていた。
 そしてさも当然のように、アランはその皿のクラフティも食べ始める。

 のんびりとした時間が過ぎていく中、いつものようにヘルムートはアランに声をかける。

「君もそろそろ、正妃を迎えないとねえ」
「またその話か。いい加減聞き飽きた」
「そうは言っても、これ仕事だし。世継ぎがいないと、王家断絶しちゃうじゃないか」
「よし、産め」

 アランからリーファにしれっと話を振られる。
 幾度となく繰り返されてきたやり取りだから、返す言葉は決まっている。

「じゃあ、子作りしましょうね」
「今より二サイズほど、胸が大きくなれば手伝ってやる」
「分かりました。ちょっとパット詰めてきます」
「服を脱がせばすぐにばれるようなもので満足すると思うか。
 それよりも蜂にでも刺されてこい。多少マシになるぞ」

 いつもの発展性のない掛け合いを遮って、ヘルムートはアランにジト目を向けた。

「はいはい、そうやって話題を逸らさない。
 大体だ。王家の呪いがかかってる以上、側女一人に任せるのは荷が勝ちすぎてると思わないかい?
 すぐにとは言わないけど、せめてもう一人位側女を備えて欲しいんだけどね」

 いつもはない初めての単語に、リーファは目を瞬かせた。

「…王家の呪いって、何ですか?」

 不貞腐れたアランに更に何か言おうとしていたヘルムートは、リーファからの問いかけに振り向いた。

「ん、あれ?この話初めて?言わなかったっけ」
「はい。
 呪いって言うと…さっき言ってたヴァルトル王に虐げられた女の人達の呪いですか?
 それとも、建国の聖女の?」
「両方とも外れ。僻地に住んでた魔女の呪いなんだ。
 …二百年位前のラッフレナンド王が、僻地視察中に行方不明になってね。
 王は数日後無事保護されたんだけど、その際にその地域にいた魔女に世話になった。
 ま、年頃の男女が一つ屋根の下にいて、何もないって事はないよね。
 魔女は王の子供を身篭ってしまったんだけど、王は認知をしなかった。
 絶望した魔女は生まれた子供を生贄にして、『王家の血を引く男は、最も寵愛した女との間に子供が生まれない呪い』をかけたらしいんだ」

 ヘルムートの分かりやすい説明に、リーファは感嘆の吐息を漏らした。

 ヴァルトル王の話といい、ヘルムートはその軽い雰囲気の割には博識だ。先王の実子という由緒正しい身分だから、それなりに英才教育は受けているのだろう。
 もっとも、先の話はメイドから出たという事だし、貴族は貴族で庶民が与り知る事のない情報網があるのかもしれないが。

「…なんかこの国の王家の人達って、色んな人たちから恨まれる事やらかしてますよね…」
「どこにでもある話だろうが。大した事じゃない」
「聖女を魔女裁判にかけたり、女の人を監禁とかって、そうそうないと思うんですけど…」

 コーヒーをあおるアランを横目で見やる。カップの中には大量の砂糖とミルクが投入されており、そろそろ健康被害が心配になる程だ。

(まあ現王がこういう人柄だし、先祖もそういう人柄なのかもね…)

「…何か言いたそうだな?」
「イエ、ナンデモアリマセン」

 視線に気付いたアランが半眼で睨んできて、リーファはつい目を逸らしてしまった。

 不毛な罵りに発展する前に、ヘルムートが論点を戻してくれる。

「魔術師と国の因縁は昔からあるからね。恨まれる事も多いと思うよ。
 それにヴァルトル王の一件も、この呪いが一因になっているっていう説もあるしね」
「でも、ヘルムート様も陛下も産まれてますよね?
 ………ああ」
「王の一番の女でなければいいというだけの事だ。
 正妃との間に子が成せなくとも、何人も側女を置けば世継ぎには不自由しない。
 正妃の子も側女の子も、王と正妃の子として同格に扱われる」
「なるほど…」

 アランがちゃんと補足してくれて、リーファは静かに頷いた。

 側女の制度がいつから出来たかは分からないが、側女の子も王の子として扱われるのはそういう事情が絡んでいるのだろう。
 呪いを受けた事も分からずに、世継ぎが出来ずに困ったラッフレナンド王もいたに違いない。

(男性は好みの女性を順位付けしたがる、って聞くけど、陛下の一番ってどんな方なのかな…。
 私って事はないから、子作りさえしてくれれば出来そうなものだけど…。
 そもそも抱いてくれないんだから、どの道側女の人は多いに越したことはないよね…)

 空になったカップをアランから預かり、リーファは席を立つ。
 ワゴンの上にあるサーバーにはコーヒーがまだ残っていた。多少冷めている方が甘みが感じやすいと聞くし、アランにとっては丁度良いかもしれない。

「…でもそれって辛いよね。
 王にとって女性が一番愛されてるなら、子供は生まれない。
 王にとって女性が一番に愛されてなければ、子供は生まれる。
 王自身も辛いけど、正妃や側女も悲惨なものさ。この呪いが原因の刃傷沙汰はしょっちゅうだ。
 ───個人的な事だけど、僕自身、妻とその話で結構揉めててね。
 僕に王位は関係ない事だけど、それが妻にまで関わってくると、正直ヒトゴトじゃない」

 カップにコーヒーを注いでいて、リーファはサーバーを取りこぼしそうになった。
 動揺しつつも、どうにかサーバーをワゴンへ戻す。

「ヘ…ヘルムート様って、結婚されてたんですか?!」
「え、これも言ってなかったっけ?
 僕が名乗ってるアルトマイアーの姓は、妻の姓なんだよ」

 ちょっと恥ずかしそうに笑うヘルムートに、リーファは驚きながらも納得した。

(継承権を放棄したから母方の姓を名乗ってるのかと思ってたけど…。
 まさか結婚してたなんて…)

 年齢的にはおかしくないのだが、ここ最近で一番衝撃的な事実を突きつけられて目眩を起こしそうになった。

「そ、そうだったんですか………いつも陛下と一緒にいるから、独身だとばかり思ってました…。
 ………そ、それなら、何とかして呪いを解かないといけませんね。うん」

 急に前向きになったリーファを見て、アランが不機嫌に顔を歪める。

「いや待て。王である私よりも、ヘルムートが先か」
「…だって、陛下の御子は全て正妃様の養子になるんですよね?
 正妃様がいないのに先に御子が生まれてるとか、その養子の仕組みを分かってない人達から見れば不自然じゃないですか。
 じゃあヘルムート様の方を優先しないと」
「………………………」

 さすがに当たり前だと思ったのだろうか。アランは苦々しい顔をしながらも、差し出されたコーヒーに黙って口をつけた。ミルクも砂糖も入れていないのに気がついて、渋面が酷くなる。

 ヘルムートは目を細め、表情を押し殺してリーファを見据えた。

「…簡単に言うね。
 先祖代々、二百年近く受け継がれてきた忌まわしい呪いだよ?
 そう易々と解ける代物じゃない…って専門でもないけど、言ってみるけど?」
「じゃあ私は、専門分野なので何とかなるかもって思いますけど?」

 リーファの得意気な言葉に、ふたりは顔を見合わせた。
 アランは懐疑的な眼差しでリーファに訊ねる。

「…出来るのか」
「解呪はグリムリーパーの仕事なんですよ。
 呪いっていうのは、言い換えれば現世に対する因縁。
 魂を送るのに、現世の因縁は断ち切らないといけませんからね。
 中には解くのが難しいものもあるらしいんですが…。
 家へ戻らせて貰えますか?確か専門書があったはずです」

 にっこり笑ってさらっと言ってのけたリーファを見て、ヘルムートの顔が綻んだ。