小説
魔女達の呪い
 そこには、一位の小さな魂が漂っていたのだ。
 燭台の中をゆったりと動く様は、ゆりかごに揺られているかのようだ。魂はほぼ球体に近く、尾が殆ど出ていない。

 魂の存在をアランも気が付いたようだ。顎を上げて燭台を見やり、眉根を寄せる。

「魔女の魂か」
「いえ…魂の尾がとても短いので、生贄になった子供ですね。
 生まれて程無く贄にされたのでしょう。魂が呪術の土台になっているみたいです」

 子供の魂はこちらの姿を捉えたのか、燭台に近づいて来たリーファに話しかけてきた。

「「…あなた、だれ?」」
「私は、あなたが新しい世界へ行く手伝いに来ました。
 ここにいるのは寂しくありませんか?」
「「さみしい、ってなあに?」」
「そうやって一人でずっとここにいる事を、私は寂しいと言います」
「「…ときどき、ひとがくるよ。あなたもきたよ」」
「私はすぐに帰ってしまいますよ」
「「どこにかえってしまうの?」」
「楽しい所です」
「「たのしい…?」」

 不思議そうに揺らめいている魂を見て、リーファは目を細めた。

(生まれて間もない子供の魂にしては、よく喋るわね…。
 陛下達は、『よく遊びに行っていた』って言ってたし…下見に来た人達の会話を聞いて学習したのかな…?)

 魂は地上に留まっている間ならば、周囲から知識を重ねて行けるという。
 グリムリーパーに浄化されてしまえばそれまでだが、こうして会話が出来るまで学習する事は決して無意味ではないのだろう。

「人がいっぱいいて、美味しいものがたくさんあって、ぽかぽか暖かい所です」

 誘うようなリーファの言葉に、しばらく魂は黙ったまま燭台の中で揺れている。先程とは違って、少しだけ落ち着きがない。

「「…ここさみしい」」
「そうですか」
「「でも、おかあさんがここにいろって」」
「何故ですか?」
「「…えにるみたいなこは、うまれちゃいけないんだって…」」

 ふむ、とリーファは一呼吸置く。

(”この子と同じ子が二度と生まれませんように”…。
 王から最も寵愛された女性との間の子供が、”歓迎されない”…。
 …これは…もしかして…?)

 一つの仮説が脳裏をよぎったが、さすがに情報が足りなさ過ぎた。調べ物は、帰ってからした方が良さそうだ。

「…あなたは、エニルという名前なのですね?」
「「うんっ」」
「エニルはどういう子なのですか?」
「「えにるはわるいこなんだって。おとうさんのおともだちが、いらないって」」
「そうですか。…ねえエニル」
「「なあに?」」

 幼い子を唆すのは良い行いとは言えないが、これからしようとしている事を思うとちょっと意地悪い笑みが零れてしまう。

「お母さんに、会いに行きたいと思いませんか?」

 リーファの誘いに、エニルの魂が燭台の中でぐるりぐるりと動き回る。

「「おかあさん………いるの?
 いきたい…でも、おかあさんがここにいろって…」」
「だってエニルは悪い子でしょう?
 悪い子はお母さんの言う事なんて聞かないものですよ」
「「…そうなの?」」
「はい」

 満面の笑みでそう答えるリーファを見て、エニルは少し戸惑うように浮遊している。

 こんな回りくどい真似をする理由は、一応ある。
 エニルは呪術の土台になっており、この呪いが二百年近く続いている原因と見てほぼ間違いない。
 幸いエニルは、会話が成立する程に成長している。
 ならば、土台であるエニルを懐柔して呪術から引き剥がしておけば、解呪の難度が下がるかもしれないのだ。

(…何だか、悪い事してるみたいだけどね)

 しばらく待っていると、エニルの魂がゆるゆるとクリスタルの燭台から離れた。リーファの側へ寄ってくる。

「「えにる、いきたい」」
「では行きましょうか。こちらへどうぞ」

 リーファが手の甲をエニルに向ける。
 手甲についた宝珠にエニルの魂が触れると、吸い込まれるように消えていく。

「…おやすみなさい。どうか安らかな夢を…」

 小さい子を寝かしつけるように、リーファは宝珠に優しくキスを落とした。

 一部始終を後ろで見ていたアランが、ぼそりと問う。

「…浄化したのか?」
「いえ、一時魂を取り込んだだけです。
 ───さあ、解呪します。あ、耳と目、塞いでた方がいいですよ」
「ん?いや待て。こんな状態でどうしろと…!」

 アランの抗議を余所に足元を見下ろすと、土台の魂を失った為か魔術陣の色が不規則に変化している。さすがに土台を失っただけでは呪術は解けそうもないが、この状態を放っておいても良くはなさそうだ。

 振り向くと、アランは片膝をついて羽織っていたマントをひっくり返し、自分とリーファの頭部を覆っていた。

「上手く行きますように…!」

 大きく深呼吸をしたリーファはサイスを片手で振り回し、大きく振りかぶってクリスタルの燭台に叩きつけた。

 ぎゃぎぎぎぎぎぎぎ───!!!!

 広場全体が軋むような音を立てる。サイスと燭台が干渉して激しく火花を散らす。
 燭台を中心に魔術陣に光の亀裂が入り、その場を飲み込んでいく。
 燭台から溢れた光が場全体を覆い隠す。そして───

「…解呪、完了しました」

 軽く息を吐いて、リーファはサイスを離した。主から解放されて、サイスは光の粒になって消えていく。

 一見、儀式の場は何も変化していなかった。
 クリスタルの燭台は破損すらしておらず、場を荒らした轟音も、ひびの入った空間も、何も痕跡が無い。
 ただ、魔術陣は掻き消え、燭台にまとわり着いていた魂もいない。それだけだ。

「…夢を見ているかのようだな。本当に解呪は済んだのか」

 マントを着直し、恐る恐る立ち上がったアランが周囲を見回している。

 戻って来たリーファは地面に置かれた呪い判定用の杖を指差す。
 ラベンダー色に染まっていた結晶体は透明に戻り、側に転がしてある松明の明かりに照らされている。

「杖に呪いの反応が消えているでしょう?解呪が済んだ証拠です。
 もう陛下もヘルムート様も、お子様の問題で悩む事はありませんよ」

 そう言って、リーファは地面に寝かされている自分の肉体へ戻って行った。
 人間の体で起き上がったついでに杖を手に取り、アランの頭に当てるが結晶球は何の反応も示さない。

「腕に仕込んだ魂はどうする」
「グリムリーパーのもう一つの務めがあるので、そちらに使います。
 行きたい場所はあるんですけど、調べる事があるので今日のところは城へ戻りましょう。
 さあ───」

 松明を拾って洞窟の出入り口に行こうとしたリーファだが、アランに肩を掴まれた。
 戻りを拒むアランがにやりと笑って、燭台に視線を向ける。

「その前に燭台が正しく点くか、試さねばな。強制労働にならねばいいが」
「大丈夫って言ってるのに…」

 呆れ混じりに溜息を漏らし、リーファは松明を持ち直して燭台へと歩き出した。

 ◇◇◇

 結局、燭台には何ら問題なく火が灯された。
 仕組みは分からないが、火の光が周囲のクリスタルと乱反射を起こし、松明を使わなくても十分な光が祠とそこへ連なる道を照らした。

 言わずもがな罠の配置も一目瞭然となり、帰り道は罠にかかる事無く帰路に着く事が出来たのだった。