小説
魔女達の呪い
『魂を食べてる所は見てくれがシュールだから』
 と言って頭を下げ、アランとヘルムートには自分の体ごと森の入り口へ引き返してもらった。
 残ったのは、グリムリーパーのリーファ、エニル、ヴァレリエと、肉体がない者達だけだ。

「ちょーちょー」

 エニルは、招かれたように飛んできた白い小さな蝶々を追いかけて遊んでいる。

「…ここに来るまでの間、エニルは本当にいい子にしてたんですよ。
 魔術師や魔女排斥の世じゃなければ、いい王様になれたかもしれませんね」

 リーファはエニルの姿を微笑ましく見ているが、ヴァレリエの表情は浮かない。

「あの…リーファ、さん」
「はい」
「そろそろ…私達を、送って頂けないでしょうか………………その」
「あの子を見ているのが辛いですか?」
「………………」

 言葉に窮して、ヴァレリエは黙り込んでしまう。

「エニルに何か、言わなければならない事があるのでは?」
「…わたしは、母親である事を捨て、他者を呪う道を選びました。
 ………今更、何と言えと?」
「あなたが母親である事を捨てようが殺そうが、エニルはあなたを母親と思っていますよ?」
「………それは………」
「小難しい事を言ってるんじゃないんです。
 私はあちらへ送る事はできますが、そこから先がどうなってるか、私も知らないんです。
 サイスを振り下ろし、私があなた方を口に放り込んだら、もう謝罪も愛情も伝える事は出来ないかもしれないんです。
 だから、聞いてるだけなんですよ?」
「………………」

 再びだんまりをしてしまったヴァレリエを見て、リーファはサイスを肩に担ぎながら溜息を吐いた。

「ねえ、エニルー?」

 森の奥に逃げてしまった蝶々を残念そうに眺めていたエニルは、ぱっと明るい顔をしてリーファの下に戻ってきた。

「なになにー?」

 エニルの目線に合わせて腰を下げて、リーファは言葉を続けた。

「エニルは今まで嫌だった事って何ですか?」
「えー?うーん、そうだなー………………。
 あ、えにるはいらないこなんだよ、っていわれたの。あれいやだな。
 だって、えにるいらないこじゃないんでしょ?
 なのにいらないこっていうのって、うそなんだよね?うそつきさんはきらいだよっ」

 エニルは頬を思いっきり膨らましてぷりぷりしている。当人は本気で怒っているのだろうが、その仕草すらもリーファから見れば可愛いものだ。

「………………」

 ヴァレリエは目を逸らしながら、気まずそうにふたりのやりとりを聞いている。

「そうですね。嘘つきさんは嫌いですよね。
 …じゃあ、嘘つきさんは、誰ですか?」
「えっとね、おかあさんと、しらないおじさんー?」
「もしお母さんが『嘘をついてごめんなさい』って言ったら、エニルは許してあげれますか?」
「んー、いいよー」
「…?!」

 あまりにあっさりした返事にヴァレリエは息を呑み、ふたりを見下ろした。

「エニルは何で、お母さんを許してあげようと思うんですか?」

 立て続けの質問に、エニルは少し困った顔をしていた。
 もじもじしながらヴァレリエとリーファを交互に見て、ようやく口を開いてくれる。

「んとね。
 あそこはすっごくさみしかったけど、りーふぁがえにるをだしてくれたら、すっごくたのしかったんだよ。
 えにるがたのしかったのは、えにるがあそこにいたからなんだっ。
 だから、さみしかったけど、たのしかったから、ゆるしてあげるんだ」
「…だそうですよ」

 にっこり微笑んで、リーファはヴァレリエに顔を向けた。

 ヴァレリエは泣きそうな顔をしていた。溢れる涙を堪えながら、何とか言葉を吐き出した。

「意地悪な、方ですね…!」
「ええもう、よく言われます。もっぱら魂限定ですけどね」

 言われたまま意地悪に笑い返して、リーファはエニルに向き直った。

「ではエニル。お母さんがお話ししたい事があるそうなので、ちゃんと聞いてあげて下さいね」
「はーい」

 聞き分けよく返事をしたエニルの頭を撫でて、リーファは腰を上げた。
 ヴァレリエの横をすれ違いながら囁く。

「五分経ったら戻ります。
 ───後悔が、ないように」
「…はい」

 彼女の返事を聞いて、リーファは森の奥の暗がりに入っていく。

 程無く木々の合間を抜けて、女のすすり泣く声が聞こえてきた。

 魔女の住居跡だったそこを遠目に眺めて、リーファは柔らかく微笑んだ。

 ◇◇◇

 迷える魂を二位食らい、リーファは非実体化したままアラン達を追いかけた。
 森の入り口に待機していた馬車と追従していた騎馬隊は既に発っていたが、来た道を辿ればすぐに一団を見つける事が出来た。

 地面からこっそりと馬車に侵入すると、アランとヘルムートは座席に向かい合って座り、動いていく景色を黙って眺めていた。リーファの肉体はアランの膝に頭を預けて眠っている。

(珍しい事を…)

 文句を言われながら膝を貸す事はあっても、膝を借りる事など初めてだ。まあ、行きはアランと隣り合って座っていたし、成人男性二人が同じ長椅子に座るのは窮屈なのかもしれない。

 リーファはこっそりと、自分の肉体に入り込んだ。肉体に馴染んだのを確認し、ゆっくりと目を開ける。

 自分にかかる重みの変化に気が付いて、アランがリーファを睨む。

「さっさと起きろ」
「あ、はい」

 案の定文句が飛んできてしまい、リーファはすぐ体を起こした。

 その様子を見ていたヘルムートも声をかけてくれる。

「やあリーファ、お疲れ様」
「はい、お疲れ様でした」
「やっと片付いたね。夕餉の時間に間に合うかな?」
「お城まで結構ありますからね。
 日が暮れるまでに戻れればいいんですけど…何かあるんですか?」
「今日の食堂の献立にかぼちゃと大豆のトマトクリーム煮があってさ。
 あれ僕好きなんだよねー」
「ああ、あれ美味しいですよねー」

 そんな他愛ない会話をしながら、リーファはヘルムートの長椅子に置かれたバスケットを開けた。
 中には、軽食用に持たされたサンドイッチや鶏のから揚げ、厚焼き卵が入っている。

「はい、ヘルムート様」
「うん、ありがとう」

 バスケットごとヘルムートに差し出すと、彼は少し悩んでローストビーフサンドを手に取り食べ始めた。
「陛下も、何か食べません?」

 アランにもバスケットを見せてみたが、彼は興味なさそうに外を眺めているだけだ。

 怪訝な顔をしてリーファがツナサンドを摘まんでいると、アランが徐に口を開いた。

「…魔女は、エニルに謝罪したようだな」
「…聞いてたんですか?」
「僕がね」

 と、ヘルムートがサンドイッチを食べながら教えてくれる。

「エニルは寛大だな。自分を殺した女を許すなど。
 私なら、死んでも怨んでやるというのに」
「長く生きているからこそ、生への執着というものがあるんでしょう。
 生まれて間もなくで死の概念も曖昧でしょうし、エニルも自分が殺された事より、寂しい思いをした事を気にしていたようでしたからね」
「…そんなものか」
「そんなものです」

 改めてバスケットを差し出すが、食欲がないのかアランは手でそれを払う仕草をするだけだ。

 ヘルムートの手が横から伸びてきたので、そちらにバスケットを向ける。今度はから揚げをご所望らしく、スティックに刺さった鶏肉を手に取った。

「で、いつから気づいていたの?呪いの正体に」
「呪いの条件が、ちょっとややこしいって思ったんです。
 ルーカス王の血を断絶するだけなら、愛情云々を引き合いに出す必要もありませんし。
 今は側女のシステムが生きてますけど、もしかしたらルーカス王の時期にはなかったのかもって。
 結果的に側女を作るきっかけになってしまいましたが…。
 そもそもは、愛人の子を作らせない為の呪いだったのかなって」
「それで側女の名簿か」
「そういう事です。───ヘルムート様」
「ん、何だい?」

 リーファはバスケットを閉じて横に置きながら、から揚げを美味しそうに頬張るヘルムートにお願いした。

「奥方様とお子様、大切になさって下さいね」
「…まだ子供は生まれてもいないけどね。でもま、分かってるよ。ありがとう」

 ふっと優しく笑うヘルムートを見て、ついリーファの口元も緩んだ。