小説
小さな災厄の来訪
 リーファ達が通された場所は謁見の間ではなく、貴賓室だった。あちらは広々している為『ゆっくりとくつろぐには向いていない』とラダマスは言う。

 部屋には暖炉が設えられ、人心地つけるほどに暖まっていた。床には金縁赤地の絨毯が広がっている。
 横長の部屋で、扉を入って左側にテーブルクロスの広がった円卓と椅子が三脚、右側にはベッドが二つ置かれている。右側の奥にも部屋がある。恐らく、浴室かトイレだろう。

(なんとなくラッフレナンド城の内装に近いのよね…)

 部屋を見回しつつ、ぼんやりと考える。ラダマスがリーファを気遣って、同じ雰囲気の部屋を用意していたのかもしれない。

 三人が円卓の椅子に腰を下ろすと、リーファはぽつぽつと語りだした。

「どこからお話ししたものか…。
 前にお邪魔したのは一年は前なので、陛下と初めて会った頃のお話からにしますか。
 前回来た時、ラ…じゃなくて、おじいちゃんが、回収したい力ある魂があるという話をしてたでしょう?
 そのリストの中に、当時殿下だったこちらのラッフレナンド王陛下が含まれていたんです」

 そう言って、リーファはアランを手で指し示す。憮然とした態度のまま、アランは頷いた。

「そうかぁ。こちらの彼は、ラッフレナンドの王子だったか。
 名前は確か…アラン君、とか言ったかね?」
「ああ。私が、アラン=ラッフレナンドだ。
 世話になる…つもりはないが」
「ははは。そうだねぇ。
 出来れば我々のようなものの世話にはなりたくないだろうねぇ」

 緊張しているように見えるアランのややトゲを含んだ発言に、ラダマスは笑って応える。

 こんこん、と扉をノックする音にラダマスが顔を上げた。

「どうぞ」
「失礼致します」

 入室してきたのは、赤髪の燕尾服を着た青年三人だった。

 良く似た風貌の彼らは、入れ代わり立ち代わり入ってきて、紅茶やケーキをテーブルに配していく。
 ラダマスの席には、カクテルグラスに盛られた砂糖菓子のようなものだけが置かれた。

 砂糖菓子のようなもの、としたのはそれが砂糖菓子ではないからだ。何なのか察しがついていたから、リーファも特に何も言うつもりはない。

「で…当時のラッフレナンド王が、病床に伏してるって噂が町で流れてたんです。
 余命いくばくもないとか、そんな話も出てて。
 そんな状況なのに、加えて当時の殿下の魂が回収リストに載ってたから、私心配になって…」
「なるほど。確かに王の世継ぎにもしもの事があれば、国は荒れるかもしれないねぇ。
 しかしほら、王子でなくても、親戚は幾らでもいるんだろう?」
「あ…はい。後で知りました。
 長兄様は早世されてましたけど、次兄様がおひとりと、弟様がおひとり。
 それと先王の弟様の家系とか、そちらは数えるのも億劫な程…。
 私、そういう事全く知らなくて…。…ん?」

 ふと、テーブルに置かれたチーズケーキを静かに見下ろしているアランに目が行った。
 甘いもの好きの彼が、珍しく甘味物に手をつけていない姿を不思議そうに眺め───そして気が付く。

「あの、陛下。
 ここのものは私達も食べられるものですから、どうぞお召し上がり下さい」
「わたしの客は同胞以外が多くてね。
 君達の口に合うよう調理してあるから、たーんと食べるといい」

 砂糖菓子のようなものをつまんでいたラダマスも、フォローしてくれる。

 見透かされた事にアランは少し動揺したようだが、気後れしたような面持ちでラダマスに頭を下げた。

「あ、ああ。気遣い痛み入る」

 そして出された紅茶に口をつける。

(砂糖入っていないと思うけど…いいのかしら?)

 普段とは違うアランの仕草を不思議そうに見ながら、リーファはラダマスに目線を戻した。

「…もしかしたら他の同胞が、殿下の魂を回収してしまわないかと思って。
 それで警告しに言ったんです。『何かあるかもしれないので、気をつけて下さい』って」
「…そんなものでもなかったがな」

 ぼそっと零したアランに、リーファは顔を赤くして弁解した。

「し、仕方がなかったんです。目が合った瞬間、何言っていいか全部忘れてしまって…!
 ちょっと小難しい言葉使えば、警戒してくれるかなーって思いはしたんですけど…っ」
「普通にあれは殺人予告だった」
「うぐ…」

 警告をしに行った相手自身に断言されてしまってはどうしようもない。
 リーファは言い訳するのを止め、しょんぼりと頭を下げた。

「…そうですか。そう、ですよね…はい。すみませんでした…」

 頭を下げてはみたが、アランはリーファを見ようともせず、黙々とチーズケーキを頬張り続けた。

 気を取り直して、リーファはまったりとグラスの菓子をつまんでいるラダマスに問いかける。

「そ、それでですね、おじいちゃん。
 あの時言ってた、魂の回収の話ですけど…あれから、進展とか、は…?」
「ああ。それがねぇ。
 どうやら、我が子らは意外とモラルというものを持ち合わせているらしい。
 いや、モラルというのが正しいかどうか…矜持というべきか、情緒的というか…。
 これは人と接する機会がある子らだからこそ、得られたものなのかもしれないな。
 わたしは別にどちらでも良かったんだけどねぇ…反対意見が多かったんだよ」

 意外な結果に、リーファは目を丸くした。

「そ、そうなんですか?」
「『我々が魔物の戦争の協力をするのは如何なものか』とか。『じゃあ人間なら与していいのか』とか。
 あとは…『戦争を起こすものを作らせて、魂を無駄に増やして食べ切れなかったらどう処理するんだ』…とかね」
「確かに、大亡霊が増えるのは好ましくないですね」
「大亡霊は味が落ちるからねえ。
 あれがいいんだという子もいるが、わたしはどうも好かない。下処理に手間がかかるし。
 まぁそういうわけでだ。魂回収の案件は白紙に戻ったよ。
 ───アラン君、安心して人生を謳歌するといい」

 ケーキを一皿食べ終えたところで話を振られて、アランが、ぐっ、と喉を詰まらせたような声を鳴らした。
 二、三度咳き込んだが、苦々しげに呼吸を整え小さく頷く。

「あ、ああ。そうしてもらえると、助かる」
「ありがとうございます。おじいちゃん」
「いやいや、リーファに感謝されるほどの事はしてないさ。わたしは本当にどちらも良かったんだし」

 リーファに頭を下げられると、ラダマスはやや照れくさそうに頬を掻く。
 そして、ラダマスの表情がおもむろに曇っていった。

「でも…そうだね。人間として生きてるリーファからしたら、国の問題は生活に関わる、か。
 それはリーファだけの問題ではないんだね。ミカエラもロッソもバジナも…皆に影響する。
 ふむ…少し考えを改めねばね」

 聞いた事のない名前がすらすらと出てきたが、恐らくはグリムリーパーのハーフ達なのだろうと予想はついた。話の流れを考えれば、リーファ同様人間との間に生まれた者達だろう。

(意外と多い…のかな。恋愛感情を無くす魂の制約も、案外大したことないのかも。
 でも、寿命も生き方も全然違う種族同士って、付き合うの大変よね…。
 私みたいな境遇の人達ばっかりだったら嫌だな…)

 余所のハーフの生活事情がついつい気になってしまう。どういう生活を送っているか、機会があれば聞いてみたいものだ。