小説
小さな災厄の来訪
 居城の正面玄関を出て、正面の門に向かって中庭を歩く。
 体が温まっているおかげか、こちらに来た時よりも幾分かは寒さは感じにくい。それでも、しばらくすれば凍えてしまうだろうから、早く外へ出て腕輪を使わなければならない。

「こちらはいつも寒いですね。おじいちゃんは薄着ですけど、寒くはないですか?」
「うん、大丈夫だよ。というか、リーファもグリムリーパーの姿なら寒さは感じないだろう?」
「それが…私は、寒く感じるんですよね。父さんは、全然感じないらしいんですけど」

 ふうむ、とラダマスは腕を組んで考える仕草をしてみせる。

「…なるほどね。人間の時の感覚を、グリムリーパーも覚えてしまっているんだろう。
 心の中で『この気候なら、きっとこの位寒いに違いない』って思い込んでいるんだ」
「…そうかもしれません。実体化していない時は、あまり気になりませんから…」

 あまりにも静かなので気になって後ろを見ると、アランは黙り込んだままちゃんとついて来ているようだ。

「生き物とは不便なものだね…。
 凍えるほど寒い思いをしたり、焼け焦げるほど暑い思いをしたり、死にたくなるほどの辛い痛みを感じたり。
 それが生命を維持する為に必要な機能であったとしてもさ、そんなもの、無ければいいのにと思ったりはしないかい?」

 ラダマスの言葉は、まるで人間である事を放棄するよう求めているようにも聞こえた。
 実際にそういう事が出来るのかは分からないが、もしかしたら他のハーフの者達から、そういった愚痴を聞いているのかもしれない。

「確かに痛いのは嫌ですけど…暑い日に冷たい川に足を浸すのは気持ちがいいですし…。
 寒い時に、暖炉の前で毛布にくるまってぬくぬくするのとか最高ですよ。
 晴れてる日なら、日向ぼっことかもいいですねぇ」

 日々の暮らしが伝わったようで、ラダマスが破顔した。

「おお、日向ぼっこか。一度やってみたいんだよね。ここは日が殆ど差さないから。
 ”此岸の枷”は好きじゃないんだが、試してみようかな」
「? 何か、あるんですか?」
「ああ。グリムリーパー用の装飾品でね。それを身に───おや?」

 ラダマスが、不思議そうな顔でリーファを見下ろして足を止めた。リーファも異変に気づき、足を止める。

 腕にはめていた橋渡しの腕輪から、黒い泡のようなものがぽろぽろと零れている。

「…どうした、何かあったのか」

 アランが仏頂面でリーファに近づいてきた。

「さ、さあ。まだ呪文も何も唱えてないんですが、腕輪が」
「転移の光だね」
「え?」

 何か理解したらしいラダマスの方を見やると、彼はいつの間にかリーファから数歩離れている。
 直後。

 ───ヴオンッ!

「!?」

 腕輪を中心に、リーファと側にいたアランが闇色の巨大な泡に覆われていた。
 リーファもアランも泡の内側から表面を叩くが、まるでガラス窓のように冷たくびくともしない。

「な、なんだこれは!?」
「やれやれ、彼にしては随分乱暴な事をしたもんだ」
「ラダマス様?!これはいった───」

 ラダマスに問いただす間もなく、アランとリーファの存在はその場から消失した。