小説
偽り続けた者の結末
 リーファは、このグリムリーパーの名前が妙に引っかかった。懸命に、記憶の糸を辿る。

「うるさいです。ちょっと黙っていて下さい。
 …マルセル、マル、セル………………あー、思い出した!」

 リーファの驚きにマルセルも反応する。へらっと笑って頭を掻いている。

「え、俺ってば有名人?いや〜人気者はつらいな〜」
「この間あちらのお城に行った時、無理矢理あなたの代わりに仕事させられたんですよ」
「仕事?あー、なんか旅行から戻ってきたら溜め込んでいた仕事減ってたっけな」
「仕事が雑だし解呪できてないものも結構多いって、技術部長のギイさんが呆れてましたよ。
『グリムリーパーの品位を落としかねないので左遷しといて下さい』ってお願いしてありますから」
「知らぬ間に俺のキャリアに傷がついてる?!
 あいつらミョーに冷たかったのそれでか!」
「自業自得でしょう」
「くそおぉぉおぉ」

 頭を抱えて悶えているマルセルから視線を外し、リーファはアランを見やった。
 アランの表情から、『グリムリーパーとはこんな変人ばかりなのか…』と呆れがにじみ出ているようだ。

(私だって…私だって、嫌なのに…!)

 身内の恥を晒しているようで、リーファは居た堪れない気持ちでいっぱいだ。
 呻き声を上げているマルセルに、嫌々声をかけた。

「あのぉ………何でもいいから出て行ってくれません…?
 すっごい邪魔なんですけ───」
「い、いや、諦めるな俺!何とか嫁をゲットして、せめて臨時収入だけでも手に入れてやる!」

 リーファの言葉を遮り、マルセルはよく分からない事を叫びながら立ち直った。
 編み物中だったリーファの腕を乱暴に掴んでくる。

「は?いや、ちょ、離し───」

 無理矢理引っ張られると、リーファの体からグリムリーパーだけが抜け出てしまった。
 完全に体から離された事で、ソファに座っていたリーファの体がばたりと絨毯の上に崩れ落ちる。

「ちょっ、何するんですかっ───あ…あれっ?」

 グリムリーパーのリーファは、自身の体を非実体化させてマルセルの腕を振りほどこうと試みるが、びくともしない。マルセルの力強さは、人間の成人男性と同等程度に感じられる。

 宙でもがいているリーファを見上げ、アランがぼやく。

「おい、何を遊んでいる。さっさと戻ってこい」
「それが、いつもみたいに非実体化が出来なくて───きゃあっ」
「あんた、他のグリムリーパーと交流した事ないだろ。
 人や物と違って、グリムリーパー同士なら接触は可能だ。非実体化は出来ないんだよ」

 マルセルはさも当然のようにそう言い捨て、必死に抵抗をしているリーファの体を容易く抱き寄せた。
 リーファに顔を押しのけられながらも、マルセルは楽しそうにアランをせせら笑った。

「んじゃーな。あんたのとこの女はもらってくぜ」
「ちょ、ま、アラン様、──────!」

 リーファの口が何かを訴えかけるが、声までは届かない。
 そして、ふたりの姿が一瞬でかき消えてしまった。

 ◇◇◇

 つい今の今まで頭の悪い会話をしていた為、アランは状況の整理が追い付かないでいた。ただ、二人のグリムリーパーが消えた側女の部屋の宙を眺めている。

 そうこうしているうちに、側女の部屋に入ってくる足音が二つ聞こえた。騒ぎを聞きつけたらしい。ヘルムートとシェリーだった。

 ヘルムートは部屋をぐるっと見回して、目の前のアランに訊ねる。

「アラン?どうしたの?」

 アランはゆっくり振り返り、ヘルムートに答える。正直、まだピンと来ていない。

「リーファが、マルセルと名乗るグリムリーパーに誘拐された」
「はあ?でも、そこに寝てるのって」
「中身だけが抜かれた」

 シェリーの反応は素早く、倒れているリーファの体を起こして脈と呼吸を確認している。しばらく調べて、やがてシェリーは首を横に振った。

「いつもの、眠っている状態ですね」

 そしてシェリーはリーファを抱き上げ、ベッドへと運んでいく。
 以前似たような事をしていたから、シェリーの手際は良い。リーファをベッドに寝かせると、世話をしやすいようにてきぱきと服を脱がせ始めた。

 そんな光景を何をするでもなく眺めていると、ヘルムートがアランに問うてくる。

「…なんでまた?」
「私が知ると思うか?いきなり来て、いきなり連れていったのだ。
 嫁がどうとか、臨時収入がどうとか言っていたが…」

 ヘルムートはしばらく、その言葉を吟味したようだ。腕を組んで目を閉じ、黙って考え込んでいた。
 だが、状況を目の当たりにしたアランですら何も浮かんでこないのだ。ヘルムートに分かるはずもなく、彼はへらっと笑って肩を竦めた。

「…ごめん、よく分からないや」
「私もだ。しかし、このまま放っておくのもな…」

 ベッドに伏しているリーファを再び見下ろす。

 眠り続けているリーファは栄養を取れないから、日を追うごとに衰弱していってしまう。
 一週間持つか、一ヶ月持つか。それまでにリーファが戻って来なければ、体の方が衰弱死してしまう。

「困りましたわね。手掛かりが何もないのでは。一体、どうしたら…」

 当座の支度を整えたシェリーが頬に手を当て困り果てていると、ヘルムートがふと何かを思い出し、顔を上げた。

「…あ、いや、一応アテはある。
 頼みごとをしてあったから、多分近い内に来るとは思うけど」

 ヘルムートの言に、アランはそれが何を指すのか察してしまった。ついつい、顔が渋くなる。
 少し前の出来事が脳裏に過る。あれはまぎれもなく、アランにとって天敵、もしくは頭痛の種だ。

「…あれか」
「うん、あれね」
「出来れば干渉したくはないのだがな…」

 はあ、と大きく溜息を吐いて、アランは静かに肩を落としたのだった。