小説
偽り続けた者の結末
 ウォルトン邸は、落ち着いた雰囲気の邸宅だ。
 玄関から入って正面は2階へ続く階段がある。階段の横にはあまり目立たないが部屋があるようで、恐らく召使たちの休憩所か厨房があるのだろう。玄関から左右には廊下が伸びており、部屋が何室かあるようだ。

 ルーサーは、入って左側廊下の手前の部屋へと三人を招いてくれた。

 応接間だろうか。緑色の絨毯が敷かれ、木製のテーブルと細かい刺繍が施された青色のクッション付きソファが二脚、ソファと同じデザインの一人用の椅子が二脚ある。日も高いからか、暖炉に火は灯されていない。

 リャナとリーファは扉側のソファへ、マルセルは窓側のソファへ、ルーサーは一人用の椅子へ腰かけた。セアラは他の部屋に運ばれたのだろう。姿はない。

「まずは…マルセル君、結婚、おめでとう…と言っていいのかな?」
「あ、そっすね。ありがとうござい───」
「これの言ってる事は全部嘘だよ、おじさん」
「ちょ?!」

 マルセルの言葉を遮って、リャナがさっさと撤回した。
 抗議の声を上げるマルセルだが、リャナが無言の視線で黙らせる。

「とある場所でやっている支援金が欲しくて、条件の揃っている私と結婚する振りをしたかったようで。
 要は詐欺ですね。ここには挨拶回りに来たんですけど…」

 リャナがマルセルを牽制している間にリーファが説明すると、ルーサーは手で顔を覆い大きく溜息を吐いた。

「ですよねぇ………彼が所帯など持つはずはない、と思っていました…」
「よくご存じなんですね」

 リーファの言葉に、ルーサーは複雑そうに頷いた。

「よく…ではないですがね。
 セアラに連れられてふらっと来て、我が物顔で家に居座り、気が付けばいなくなっている。
 何をしている者なのかもさっぱり分からないし、正直胡散臭すぎて好きにはなれないのですが。
 …どうしてうちの娘はこんなのが良いのか…」
「苦労、なさってますね…」

 何となくマルセルを見やると、彼は口笛を吹いて明後日の方を見ている。何の曲かは知らないが、地味に上手で微妙に腹立たしい。

「半年も音沙汰がなかった事だし、娘のセアラももう適齢期。
 そろそろと思い、娘には黙ってラッフレナンド国王との見合いをお願いしていたのですが」
「「え」」

 リーファとリャナは、同時に反応した。

(ここの人だったんだ…)

 リャナは知らないだろうが、リーファは近日中に見合いがある話を聞いていた。どうせ破談になるだろうし、知り合いでもなさそうだから、誰かとは聞かなかったが。

「…何か?」

 怪訝な顔で訊ねるルーサーに、リーファは慌てて愛想してみせた。

「あ、いえ、何でもないです。では、近いうちに迎えの馬車が?」
「はい。恐らく今日あたりには。
 …しかし、ギリギリになってセアラに気づかれてしまいまして。
 説き伏せている間に、あなた方がいらっしゃった、という訳です」
「おう…」

 小さな声で、リーファは変な唸り声を上げてしまった。

(もしここに来るのが一日遅かったら、マルセルがセアラさんと会う事もなかったし、私も修羅場に巻き込まれてなかったし、セアラさんも何とか説き伏せられて見合いに出てたかもしれないんだ…)

「それは…なんとも、間が悪い」

 沈痛な面持ちでそうぼやくと、疲れが見え隠れするルーサーも首を縦に振った。

「ええ本当に…。
 …しかしマルセル君。
 結婚のあいさつに来たという事は、もううちのセアラには会うつもりはないんだね?
 それだけでも大収穫なのだが」

 どこか期待するようなルーサーに問いかけられ、マルセルは少し驚いたように体を震わせた。

「え、いやあ。まあ、はは」

 曖昧な返事をするマルセルに、女子達の視線は厳しい。
 リーファは露骨に嫌な顔をして訊ねた。

「…まさか、会うつもりでいたの?」
「だってさ、あんな風に好き好きアピールされたら…なあ」
「なあって私に言われても。
 そもそも、付き合ってた女の子の所へ結婚相手連れて行くなんて、嫌がらせ以外の何物でもないでしょ」
「いやだってさ。俺が結婚するって言っても信じてくれないかもしれないし。
 それに『結婚してもあなたが好き!』って言ってくれるかもしれないじゃん」
「うわ…最悪すぎる…」
「今までの流れでよくそんな事を…」

 リャナはうんざりと、リーファは額を手で押さえて溜息を零した。

 ───こんこん。

 部屋の扉をノックする音が聞こえ、ルーサーが言葉を返す。

「どうぞ」
「失礼いたします」

 入ってきたのは先程の執事だった。
 手ぶらで来ているので、どうやらお茶を持ってきたわけではないようだ。彼は慌てた様子でルーサーの側に寄り、耳元で囁いている。

「…失礼。少し席を外します」

 苦々しく顔を歪ませたルーサーは、執事と一緒に部屋を出ていった。