小説
偽り続けた者の結末
 屋敷の玄関でどれほど待たされただろうか。この村の村長は、『娘を呼ぶ』と行ったっきり返ってくる気配はない。

 時折屋敷の2階でバタバタ走る音や、ガチャンと何かが割れる音が聞こえてきて、御者デニス=シュミットは心の中で呆れながらも表情は平静を保っていた。自分は王の代理で来ているのだから、一時も気を緩めてはいけない。

 ふと、足音が左の上階から下階へと降りてきた。あちらに階段があるようだ。まだまだ時間がかかるだろうか。

 こういう事は、辺境に行けば行くほどよくある事なのだ。
 遠ければ遠いだけ、人が王城へ行く機会は減る。同時に、王城からの遣いも来る頻度が減るのだ。
 王の目が届きにくいだけ、王城からの正確な情報は届きにくいものだし、辺境は好き勝手にしてしまうものだ。

 しかし、辺境が如何に礼節をわきまえないと言っても、こちらが粗野にしては良い訳ではない。

 デニスは二十の歳で御者の仕事をし始め、今年で三十年目となる。

 誰の目からも不可がないよう、袖を通した白のワイシャツは自分でアイロンをかけているし、羽織った赤いコートもゴミがないかチェックを怠らない。今は脇に抱えた、黒い帽子に飾られたラッフレナンドの国章の飾りは一番目立つものだから、ずれがないか定期的に確認をしている。

 気にかけるのは服装だけではない。
 増え続ける顔のしわと白髪ばかりはどうしようもないが、髪の乱れは心の乱れ。心が乱れる事のないよう、ポマードでかっちりと髪を上げ、清潔感を保ちながらも艶やかさを忘れないよう手入れは念入りだ。

 帽子のつけ外しは頻繁にあるものだから、その辺りも計算して髪を整えるのだ。これが、案外難しい。

 つまり、今日も自分は完璧である。
 例え王の見合い相手が、大暴れして手も付けられないほどのじゃじゃ馬だったとしても、丁寧にそつなく、無事にラッフレナンドへお連れして見せよう。

 改めて決意を胸に灯したところで、左の廊下にある扉が開けられ、一人の女性が姿を現した。

 腰まで伸びた橙の髪は、複雑に編み込まれて髪飾りで飾り付けられている。
 瑪瑙色の双眸に緊張の色が見えたが、どこか艶めかしくもあった。
 フリルのついた青藍色のワンピースと前掛けは刺繍が細かく施され、恐らくここ近隣の衣服ではないのだろうと考える。特注品だろうか。

「お待たせしてしまい、申し訳ございません。
 メーノ村、村長の娘、セアラ=ウォルトンと申します。
 ───どうぞよろしくお願い致します」

 スカートの裾をつまみお辞儀をしてみせる立ち振る舞いも完璧だ。

 今まで考えていた事は全て杞憂だったと、デニスは内心安心した。
 礼節も身だしなみも及第点だ。この辺鄙な村にこれほどの器量よしがいようとは誰が想像できただろうか。
 今度の見合いは順調に行くかもしれない───そんな予感すらある。

 ふと、彼女が不思議そうに小首を傾げてデニスを見つめている事に気が付いた。年甲斐もなく見とれていたらしい。
 仕事をしなければならない。いつも以上に丁寧に、完璧に。

「失礼いたしました。セアラ=ウォルトン様。
 わたくしは御者を担当しております、デニス=シュミットと申します。どうぞ、デニスとお呼びくださいませ。
 ───お荷物は馬車の中へ入れて頂いてありますので、参りましょうか」

 彼女は少し寂しそうに微笑んで、小さく頷いた。