小説
偽り続けた者の結末
 ───カチャン。

 今後の事を憂いていると、ノックもなく入ってくる者がいた。

「話は終わったようだね」

 声をかけて入ってきたのはヘルムートだった。続いて、シェリーも召し物を抱えて入ってくる。

 アランはヘルムートの姿を見るや否や、機嫌よさそうに声をかけた。

「おお、ヘルムート、結婚相手が決まったぞ。これで我が国も安泰だ。喜んでいいぞ」
「はいはい、言わなくても分かってるだろうけど、ダメだからね」

 扉を閉め、子供を窘めるかのように素っ気なくヘルムートは返事をする。

 構ってもらえない子供のように眉間にしわを寄せたアランは、不満げにシェリーに命じる。

「シェリー、セアラ嬢が妹の服を間違えて持ってきたそうだ。代わりのドレスを手配しろ」
「セアラ様に妹様がいらっしゃるというお話は聞いた事がありませんが。ともあれ、承りました」
「胸の大きく開いたドレスにしておけ。あと、足が見えるものがいい」

 バスローブを持ってきていたシェリーは呆れたように溜息を漏らし、アランに向き直る。

「それは寝巻きでよろしいかと思います。
 パーティーでもないのに、昼間から肌を露にする淑女などおりません」
「セアラ嬢の名誉を傷つけないような格好でね」
「心得ましてございます」

 ヘルムートからも言い足され、シェリーは恭しく頭を下げた。

 アランはヘルムートに訊ねる。

「ヘルムート、明日の予定は?」
「君は一日仕事だよ。仕事溜まってるんだからね。
 リーファ…じゃなくてセアラ嬢は、ゲルルフ=デルプフェルトに任せるつもり」

 リーファも、城にいてその名前は時々聞いた事がある。
 城の兵士や役人に学問を教える教師的な立場の老人だ。かなり長々と講釈を垂れる事で有名らしく、次の講義があるのにお構いなしに授業を続ける、ちょっと厄介な類の人物らしい。

 アランは不機嫌に鼻を鳴らした。

「ゲルルフか…あの老人は話が長いからな」
「リーファに会う時間なんてないからね。せいぜい、夜くらい?」
「ふん。夜会えればいいか」
「あ、あのう」

 リーファはベッドから立ち上がり、さくさくと話を進めているアランとヘルムートに恐る恐る訊ねた。

「こ、今夜は私、どうなっちゃうんでしょうか…?」

 シェリーは表情を変えず、ヘルムートは肩を竦める。
 アランは楽しそうにリーファに近づき、その唇に軽く口付けした。

「せいぜいしおらしく、身を清め、股を開いて待っていろ。すぐに会いに来てやる」
「そ、それは困ります。赤ちゃん…できちゃったらどうするんですか…」

 目を逸らしてお腹をさする仕草をしていると、何故だかアランはニヤニヤしている。

「出来るのか?」
「う、え…知らないですけど…できちゃうかもしれないじゃないですか…」
「出来てもいいぞ。なんなら孕ませてやる」
「な」

 顔を赤くして言葉を失っていると、ヘルムートが窘める。

「アラン。からかわないの。
 でも、リャナが来た時にちょっと聞いたけど、グリムリーパーは妊娠率がとても低いそうだよ。
 妊娠の心配はしなくてもいいんじゃない?」
「…そうなんですか?」
「グリムリーパーのお前が知らないのか。呆れた話だ。
 そもそも、月のものはきているのか?」

 リーファは「う」と言葉を詰まらせた。
 よくよく考えたら、見た目が女性的なだけで、女性らしい生理活動を感じた事はない気がする。

「…そ、それは確かに来た事ないですけど…」
「なら問題ないな。決まりだ」
「で、でも」
「決まりだ」
「………………………はあ」

 それを了承と受け取ったのか、アランは身を返し部屋を出て行く。ヘルムートも後を追って出ていった。
 くすくすと笑うアランの声が、壁越しに伝わってくる。今後の事を考えているのだろうか。リーファ自身は頭が痛いのに、アランはご機嫌だ。

 城の北の方へ歩いて行ってしまう壁の向こうの笑い声を目で追いかけていると、シェリーが近づき巻き尺を手に淡々と告げた。

「では、大浴場へご案内致します。
 ですが、その前にお体のサイズを測らせて下さいませ。既存のお洋服を見繕ってまいります」
「よろしくお願いします…」

 リーファが力なく頭を下げると、シェリーはまず着ているドレスをてきぱきと脱がして行く。背中のリボンを解き、ホックを外し、あっという間にドレスは床に広がった。
 乳房が零れかけた純白のビスチェも脱がされ、殆ど裸の状態で採寸が始まる。手際よく巻き尺でリーファの体を測って行く。

 お互い黙り込んでいたが、シェリーはメモを記す手を止め、眉間にしわを寄せてぼそりと不満を口にした。

「…陛下もヘルムート様も…。
 レディの純潔を一体なんだと思っているのか…失礼な話ですわ…!」

 どうやらシェリーは、リーファと同じ事を考えていたようだ。
 感情を共有してくれるシェリーの優しさが嬉しくて、リーファは口が解れてしまった。

「…いつかはこうなる日が来るかなって思ってはいたんですけどね…。
 もうなんか、いいです。諦めてます…はい…」

 リーファも理解はしていたのだ。アランが、人間の自分よりもグリムリーパーの自分を気に入っている事は。
 日々の口振りから好みの女性のタイプを察する事は出来たし、扱いの差を感じる事もままあった。

 ただ、抱けるとはアランも思っていなかったのだろう。
 そもそも、生態がよく分かっていないグリムリーパーだ。霞のようなよく分からないものに一時の慰めを求める程、アランも暇ではない。

 しかし、ここに触れ続けていられるグリムリーパーがいて、その生態も知れた。
 抱かない理由は、もうないのだ。

「心中、お察しいたしますわ…」

 顔を両手で覆うリーファと、同情を隠し切れないシェリー。ふたりの溜息が、来賓用の寝室の宙に広がっては消えた。