小説
偽り続けた者の結末
 ラッフレナンド城北側の城壁の一部は監獄として作られており、牢屋、拷問部屋などは全て地下に設えられている。

 監獄へ連れてこられたリーファは、まず1階の小部屋で腕の拘束を解かれ、囚人服に着替えさせられた。長方形の布の中心に穴が開いたもので、穴に首を入れ左右を紐で縛るタイプのものだ。簡素だが汚れ一つない。新品らしい。

 普通なら尋問・監獄の管理を任された牢役人二人が身体チェックをするのだが、今回はそれもなく、着替え用の部屋で一人着替える事になった。

「陛下に『手荒な真似はするな』って言われたらなあ」
「リーファさんと仲良さそうだったし、悪い子には見えないんだよなあ」

 と言うのは、牢役人であるトールとテディだ。
 甘いものに目がなく、時々試食と称してお菓子を持ち込んでいた為、リーファ自身とは仲が良い。
 今のリーファには関係ない話だが、扱いが甘いというのはこういう時にありがたい。

 着替えを終えた後は再び後ろ手で鉄製の拘束具をはめられ、監獄の階段を下りて地下へと降りていく。
 てっきり牢屋へ放り込まれるのかと思ったが、連れて行かれたのは一番西側にある拷問部屋だった。

「ちょっとここで待っててな。鍵かけるから、出れるとか思っちゃダメだぞ。
 あ、そうそう。そっちにも部屋あるけど、今回使わないから入っちゃダメだからな」

 トールが指差したのは拷問部屋から続くもう一つの部屋だ。拷問部屋に一番近い牢屋を改良し、通路側の入り口を塞いで拷問部屋から繋がるようにした部屋だ。

 何に使っている部屋か、リーファはよく知っているのであえて何も考えずに頷いていると、テディが横やりを入れる。

「いや、案外使うんじゃね?陛下ならやりかねなくね?」
「え、あ。そういうハナシ?あー………うん。まあ、ガンバレ!」

 色々察したトールは、こちらを眺めて親指を立てた。
 応援されてしまってどう反応していいか困っているうちに、牢役人達は部屋を出て鍵をかける。石畳の廊下を、こつんこつんと音が遠ざかっていった。

 リーファは、拷問部屋をぐるっと見回す。

 城壁の外側に向かって空調用の隙間が二ヶ所あるが、鉄格子がはめられていて拳一つ分位しか通す余地はない。手前上には木の戸が立てかけられていて、必要に応じて閉じて中の声を漏らさないように出来ている。

 壁には黒革のムチや鉄の棒を始めとする拷問器具がかけられ、手錠は天井・壁・床につけられ幅広い用途を考慮しているようだ。焼きゴテなどに用いる竈は火がついていない。三角木馬も綺麗なものだ。”鉄の処女”と呼ばれる人形は興味本位で作ったものらしく、新品同様だ。

(ここ最近は使ってないのね…)

 リーファが感慨にひたりつつそう思うのは、この隣の部屋への出入りはしていたからだ。

 トール達が言っていた隣の部屋───通称”愛の巣箱”は、アランがリーファを困らせる為だけに作らせた部屋だ。
 側女の部屋と違って多少汚しても気にならない点や、拷問器具の置き場が側にあると何かと都合が良いらしい。

 ”愛の巣箱”で色々弄られたリーファは、片付けがてらこの部屋も掃除をしていた為、なんとなく部屋の具合も分かるようになってしまっているのだ。

 アランの趣味で使わされている物もあるので、衛生面を考慮しても手入れをするのは当然なのだが、牢役人からは『ありがたいっちゃありがたいけど、うら若い嬢ちゃんに手入れされるってえのは…なあ?』と、理解出来なくもないコメントを貰っている。

 ───がちゃん

 どれほど待ったか。音を立てて、鍵が外される音が聞こえた。

 扉を開けて入ってきたのは、ヘルムートと二人の長身の兵士だ。ヘルムートは本やノート等を抱えている。

(…ヘルムート様が来たって事は、アラン様の働きかけがあったのね…)

 リーファの為に、かどうかは分からないが、少なくともアランに面倒事が降りかからないよう、ヘルムートが来てくれた事だけは伺えた。

 部屋に入って早々、ヘルムートは兵士達に告げた。

「君たちは外で待っていてくれ」
「し、しかしアルトマイアー様…」
「大丈夫。女性一人、さすがの僕でもどうとでもできる。
 彼女に足の拘束だけはしていってくれ」
「…かしこまりました」

 兵士の一人は部屋に設えてあった簡素な木の椅子とテーブルを並べ、もう一人の兵士は壁にかかっていた足枷を取り、リーファにはかせて椅子に座らせる。
 これでもう手も足も出ない。普通なら。

 向かい合うように椅子をセッティングすると、兵士達は一礼して拷問部屋を出ていった。