小説
刻まれたその名は
「おねだりできる内に色々注文していいんじゃなーい?」

 意地が悪そうに、けひひ、と笑う少女に促され、リーファはカタログのページを開いていく。

「そう…ですね。
 ここのところ、あまり食事が取れないので、妊婦用の栄養剤などがあれば…。
 出来れば吐き気が起こりにくいものがあるといいんですが…」

 目次から妊婦向けの特集ページを探し、目的のものを見つける。

 ラッフレナンド城の医務所では『妊娠中の薬の処方は極力控える』方針だが、魔物側は考え方が違うようだ。
 ざっと見ただけでも、妊娠検査薬や吐き気止め、胎に巻く帯など多種多様に商品があるようだ。妊婦用栄養剤に至っては妊娠期に合わせて三種類もある。味も含めると六種類か。

 リャナもカタログを覗き込み、ううんと唸り声を上げた。

「味がないのがいいかな?ちょっと味がついてた方が飲みやすいかもしれないけど………まあいいや。商品扱ってる子に相談してみるね」
「お願いします。───あと、リャナにおつかいをお願いしてもいいですか?」
「おつかい?」
「ええ。ラダマス様の所へ手紙を送って欲しいんです。
 そして可能であれば、返事の手紙も貰えればと」

 カタログをテーブルに置き、リーファはベランダの側の机へと近づいた。引き出しから手紙を一通取り出し、席に戻ってリャナに手渡す。

 蝋で封がされたラダマス宛の手紙をひっくり返しては眺め、リャナが訊ねる。

「何を書いたの?」
「この状態であちらの仕事が出来るのか不安で…誰かにお願いできないものかと」

 作り笑いを浮かべて答えたら、テーブルの先でヘルムートが口を挟んできた。

「駄目なの?」
「一度この体から抜け出た時に、一緒にお腹の子も抜け出そうとしていて………ちょっと、怖いなって」
「そ、そうなんだ………それはちょっと、怖いね」

 リーファの身に起こった話に、ヘルムートは口の端を引きつらせている。

「魂絡みで胎の子に何か影響が出ても困るからな。
 今は、あちらの仕事とは出来るだけ距離を置いた方がいいだろう」

 渋い顔でぼやくアランに首肯して、リーファはリャナに顔を向けた。

「他にもいくつか質問を書いてあります。ラダマス様なら、色々ご存じでしょうから」
「うん、いいよ。ぱっと行ってぱっと返事もらってくるね。ええっと…。
 ラダマス様のお城に行って手紙渡してー、返事を書いてもらってる間に商品かき集めてー、ラダマス様のお城で手紙もらってー、ここに戻ってくるでいいかなあ…?
 …うん。多分、五日位で届けられると思うよ」
「急いではいませんけど、よろしくお願いしますね。
 ………そういえば、おふたりは今回、何を頼んだんですか?」

 注文票に書き込んでるリャナから視線を外し、アランとヘルムートに訊ねる。

「僕はモノクルをね。夢魔の目みたいに感情が色で読み取れるやつを。
 ちょっと気になってたんだよねー」

 そう答えるヘルムートは嬉しそうだ。
 差し当たって今すぐ欲しいものではないようだが、ジョークグッズとしてだろうか。

(夢魔の視界ってどんなものか、ちょっと気にはなるかも…。
 物が届いたら、ヘルムート様から借りてみようかな…。
 あ、でも、仲良い人にも嫌な感情向けられてたら落ち込むなぁ…)

 手元に来てもいない物で、ついあれやこれやと妄想してしまう。今ですらこう考えてしまうのだから、アランが日々嫌な思いをしているのも何だか分かりそうな気がした。

「私は止めておいた。特に今欲しいものもないからな。
 だから、私の代わりにお前は好きなものを好きなだけ買え。
 それだけの価値が、その胎にあるのだから」

 アランはそう言って、まだ膨らんでいないリーファの下腹部に手を添える。ほんのり温かいアランの体温で、リーファの心も癒されていくようだ。
 お腹の子がアランからこんなにも大切にされているのだから、へこたれている訳にはいかない。

「…元気な子が生まれるよう、頑張りませんとね」

 アランに笑いかけると彼も笑い返してきた。そしてアランはリーファを抱き寄せ、膝の上に乗せる。

「あ、アラン様?あの、ね。そのっ───むきゅ」

 キスをされ、体を撫でられ、腹には負荷をかけずに器用にもみくちゃにされていく。抵抗するには力が足りず、またその撫でまわしに気力すら削がされてしまい、リーファから徐々に力が抜けて行く。

 イチャイチャし始めたアラン達を気だるげに眺め、リャナがヘルムートに訊ねている。

「ヘルムート君、これってあたし達はおじゃまな感じ?部屋出た方がいいかな?」
「いやお姉さま、これは単に見せつけたいだけだと思うから。
 むしろ見てあげた方が喜ぶんじゃないかな」
「はあ〜ん?」

 ヘルムートの意見を受けて、リャナが分かるような分からないような生返事をしている。

 ───結局リーファに対する構い倒しは、彼女から「は、吐きそう…」と言われるまで続いたのだった。