小説
あなたに贈る「×××××」
 1階は入り口入って右奥がキッチンスペースで、その奥に食料庫があった。見る限り数日は持ちそうな量だが、この玩具の家の物が食べられるものなのか疑問は残る。

 入り口正面にあった扉の先は左側と正面に扉があり、左側はトイレ、正面は脱衣所になっていた。
 脱衣所から行ける扉の先は浴場になっており、ゴツゴツした岩で湯舟と洗い場を仕切っている。ホテルの入浴施設などで見られる、自然の風情を活かした雰囲気だ。

 2階はバルコニーの他、寝室二部屋と物置部屋があるのみだ。物置には日用品が一通り揃っており、季節に関係なく過ごす事が出来そうだ。

 ◇◇◇

 家の中をざっと確認した後、リーファは夕食の支度の為にキッチンに入って行った。食料庫を覗いて何を作るのか大体考えたらしく、鼻歌混じりに下拵えを始めたようだ。

 一方、アランは2階の寝室に足を踏み入れていた。
 寝室には、木製の円卓が一台、揺り椅子が二脚、本棚が一台、ベッドが一台置かれている。広い部屋だがベッドが縦にも横にも大きく、少しばかり窮屈な印象を受ける。

(魔物が使う家だ。大型の魔物にも対応しているのだろうが、あるいは…)

 つまらない事を考えながら、アランは入り口の側にある本棚に近づいた。本から、何か手がかりが掴めないかと考えての事だった。

 片っ端から本を手に取り、開いていく。多くの本は文字が読めなかったが、中にはアランでも読める本が見つかり始める。
 聖書、旅雑誌、啓蒙書───そんな、今は役に立たなそうなものに目を通しては、本棚へとしまっていくと。

(うん…?)

 ふと、アランは本棚から一冊のノートを見つけた。読む為に作られた本ではなく、何かを書き込む為のそれは、かなりの者が触ったらしくノートが若干歪んでいる。
 ページを開けば、アランの知らない言葉で文字が書き連ねられていた。筆跡もバラバラで、一ページに五、六人が何らかの文言を書いているようだ。

 一ヶ所だけ、アランにも読める文章が目に留まった。女性らしい筆跡だ。

「『ここに入ってから早三日。
 ミースはここを出る条件を知っている風だけど、わたしにはさっぱり分からない。
 また今夜もあんな事をさせられると思うと、ぞっとする』───」

 ざっと読み上げて、文章の不穏さに訝しむ。

(手掛かりになるか…?)

 全く何も分からない状況からは前進したような気がして、ノートを手にアランは部屋を出た。

 廊下に出た途端、鼻孔をくすぐる香ばしい匂いに空腹を思い出した。後を追うように階段を降りると、先に見えたテーブルに食事の支度が整いつつあった。
 並べられているのは、パンケーキ、ハムやチーズやジャムなどの添え物、オニオンスープだ。

 キッチンから顔を出したリーファが、こちらの姿を見つけて朗らかに笑っている。

「ああ、あと一品ありますので座って待ってて下さい」

 促されるまま窓側の席に座り、ノートはテーブルの隅に置いておく。

「色んな食材があるので、何を作ろうか悩んでしまって。
 ハンバーグは、おかわり出来ますから言って下さい」

 そう言いながら皿に盛ってきたのは、煮込みハンバーグのようだった。濃厚な焦げ茶色のソースがひき肉に満遍なくかかっており、食欲を沸き立たせる。
 ずらりと揃った食事に、どこかのレストランかと勘違いしてしまいそうだ。

「…随分張り切ったな」

 アランの感想に、リーファが頬を紅くしてはにかんだ。

「え、そ、そうですか?
 アラン様がどれほど食べられるか分からなくて、つい作りすぎてしまって…。
 あ、飲み物はどうします?ワイン、麦酒、紅茶…コーヒーも、豆から挽けば飲めますが」
「赤ワインで」
「分かりました。今、持ってきますね」

 どことなく嬉しそうに頷いて、リーファは慌ただしくキッチンへと引っ込んで行った。

(…まるで給仕だな…)

 心の中で愚痴るが、結局誰かが食事を作らなければ腹は空くばかりなのだ。
 何も手伝わなかった事をほんの少しだけ後悔して、ワイングラス二個と赤ワインの瓶を持ってぱたぱたと戻ってきたリーファを眺めた。