小説
あなたに贈る「×××××」
 ───リャナが気を利かせて、かどうかは分からないけれど、このおもちゃの家を紹介してくれた。
 気が付いたら家の中に放り込まれて、アラン様と説明を受けた所によると、どうやら何かの条件をクリアしないと出られないらしい。

 アラン様はリャナに振り回されて嫌そうな顔をしていたけど、私はちょっとだけ嬉しかった。だって、アラン様と久しぶりに話が出来たから。
 大した話は出来なかったけど、側で一緒に悩んでいたらとても安心した。最近、本当に会えていなかったから。
 どこか体の調子は悪くないかとか、機嫌は悪くないかとか、そんな事ばかり考えていたから。

 作った食べ物を完食してくれたのも嬉しかった。ちょっと作りすぎたと思っていたけど、ぺろりと平らげたのは驚いた。もっと多い方が喜ばれるのかな。

 食後はちょっと期待したけれど、何もない夜になりそう。残念。

 無理はしてほしくないから、抱いてほしいなんて言えないけど。でも、せめて側にいて触ってほしかったなって。
 何でもなくても側にいて、何でもなくても話をして、何でもなくても触ってくれたあの日に戻れたらいいな。───

 ◇◇◇

 朝食は、昨日作ったものの残りものがメインだった。
 リーファが今朝方焼いた固めのパンに、小振りのハンバーグと一緒に煮直したスープを浸して食べるのは絶品だったし、オニオンスープは味が更にまろやかになっていた。

「素晴らしい…」

 片付けが済んだ後、リーファに強制してやらせた日記の朗読会が無事終了し、簡素な町民服を着込んだアランは満足げに拍手した。あまりの超大作に涙が零れそうだ───爆笑の涙が。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」

 肩をぷるぷると戦慄かせ、羞恥を顔いっぱいに染めたリーファがテーブルに突っ伏している。今にも発狂して床にゴロゴロ転がってのたうち回りそうだ。

「お前の思いの丈が胸にひしひしと伝わってくるかのようだ…。
 いや実際はもっとこう、『めちゃくちゃにしてほしい』や『道具で悪戯されたい』や『陰湿な言葉責めをされたい』などと色々いかがわしい事を考えているのだろうが、そこはそれ。
 見ず知らずの者にも見られる可能性もあるのなら、この位が適当というべきなのだろう。
 …ふふっ、しかしなかなかよく書くではないか。これから毎日日記を書かせて朗読させてみるか」

 がばっと顔を上げ、涙目のリーファの猛抗議が飛んでくる。

「あ…アラン様に見せなきゃいけない日記なんて、書くはずがないじゃないですか!」
「何を言う。私を悦ばす為に書くのだぞ?私が嬉しいならお前も嬉しいだろう。
 お前のはしたない文に私が感銘を受けたら、欲しいものは幾らでも買ってやるぞ?」
「ぐ、ぬぬぬぬ…!」

 心底悔しそうにリーファが唸っている。元々物欲のない女だから、こんな事を言われても嬉しくも何ともないようだ。

 アランは改めて、自分の事を綴ったリーファの日記を眺めた。
 綺麗とは言い難いが読みやすい字面は嫌いではない。それでいて、昨日の晩はこんな事を思いながら床についたのかと思うと、ニヤニヤが止まらない。

 少し拗ねた様子のリーファが、ぼそっと零した。

「…随分余裕ですね…」
「うん?」
「アラン様だって、書くんですよ?これ」

 アランは口元を、きゅ、と締めた。
 嗤って誤魔化して、考えないようにしていた事だったのに。

「これが脱出の条件だったとしたら、アラン様もこうして日記に思いの丈を綴らないと駄目なんですからね?
 それで、私にもちゃんと見せて下さい。これでおあいこです」
「ただ日記を書けば良いのだろう?『今日も一日良い天気だった。』と。
 …これでどうだ」

 さらさらっとリーファの日記の下に書く。リーファに目配せして玄関の扉を開けさせるが、ノブが回る気配はない。

「駄目ですね…」
「何が駄目だというのか…心の中から思っている事を書いているというに」
「天気の事だけ考えてるはずないじゃないですか。
 もっと色々書きましょうよ。例えば、私の事とか?」
「ふむ…。『リーファが今日も可愛くない』と」
「ひどい!」

 扉の側で抗議の声が上がるが、一応は日記に書いてみる。そしてノブを回させるが、リーファは駄目だと首を横に振る。

「これでも開かんのか。厄介な」

 アランは溜息を一つ吐いて、日記をテーブルの上に放り投げた。

 アランのやる気が殺げてしまい、リーファも呆れたようだ。扉の前で溜息を吐いている。

「…まあ、もういいです。あとはアラン様次第みたいですし。
 私、洗濯物干して来ますから、アラン様は頑張って下さいね?」
「他の可能性はないのか?食事の支度と、掃除だったか?
 もしかしたらそれ以外の些細な事やもしれんではないか」

 指摘を受け、リーファがううん、と唸る。
 リーファからしてみれば、『自分が書いた恥ずかしい日記を朗読させられた挙句、実は違ってました』など嫌がらせ以外の何物でもないだろう。
 しかし、ここで間違っているかもしれない方法を試し続けるのは効率が悪いはずだ。

「そうですねえ…全部やれる事はやってみないとですが…。
 でもアラン様、料理って出来ます?」
「ふん、馬鹿にするな。兵役時代には散々やらされてたさ。
 お前にも、兵士団直伝のシチューの出来を見せてくれる」
「あら、楽しみですね。では昨日の条件と揃える為に、夕食はアラン様お願いしますね。
 兵士団直伝ですかあ…兵士さん達はよく動くでしょうから、濃いめの味付けですかねえ。ふふ」

 皮肉も嫌味も一切なく嬉しそうに笑って、リーファは奥の脱衣所へと歩いて行ってしまった。

 独りになり、特にやる事もなくなってアランは日記帳を手に取る。
 ページをめくり、リーファが書いた日記をもう一度眺める。

(よく書いたものだ)

 同じ日記帳が自分の部屋にもあるのに、見られる可能性だって頭にあっただろうに、それでも気持ちが抑えきれずつい書き綴ってしまったのか。

 鉛筆を取り、指の中で転がして考える。
 今思い浮かんだ事、伝えたい言葉、知って欲しい思い出。

 ───かちゃ。
 ───パン!

 洗濯物をカゴに入れて抱えているリーファが視界の外から現れて、アランは勢いよく日記帳を叩き閉じた。

 何事かと音にびっくりしてこちらに顔を向けているリーファを、アランは細目で睨みつけた。

「お前のせいで書こうと思っていた内容が飛んだぞ。
 責任を取って三時のおやつにプリンを作れ」
「…そんな事言われても………まあ作りますけど…」

 リーファはまた溜息を吐いて、カゴを持ってぱたぱたと2階へと上がっていった。