小説
それは罰と呼ぶには程遠く
 ───後々になれば、自分が何故あんな事をやらかしたのか分析出来る事がある。

 ウッラ=ブリットの発言に激昂した理由だが、あれは偏にアランを自分と同格に貶められたからだと、今なら思う。
 しかし、側女の子がどうだとか、ラッフレナンドの血統がどうだとか、そんなものはどうでもよい話だ。

 ラッフレナンド城に入って一年と数ヶ月が経過した。時には離れる機会があったにせよ、その間自分はアランのその姿を見続けてきた。

 人に仕事を任せるのが苦手な性分は諸々の執務にも反映されていて、後はアランのサインが入るだけの書面ですら、不備を感じれば再提出を命じる程だ。
 それは役人達からすれば厄介な性格だが、王としてその責任を全て負う覚悟があるとも言えた。

 王としてその覚悟がある。それは、王に最も必要な素質ではないだろうか。
 アランは『執務は苦手だ』とぼやくが、決して手を抜かない様は一市民としてとても好感が持てる部分だ。

 なのに。
 何も知らない人が、アランの王としての気質を理解出来ない人が、どうでもよい理由でアランを貶めた。

 そこは、側に居続けた自分ではないと分かりづらい部分だったかもしれないが。
 謁見の間での態度だけでは測り切れない部分だったかもしれないが。
 しかし、我慢出来なかったのだ。
 アランの王たる部分を貶めるなど。

 一介の民で、純粋な人間ですらなく、王が望むものすら守れない自分と同列に扱うなど、許せるはずもなかったのだ。

 ………まあ広い意味で言えば、アランが言っていた通り『私の事を想ってくれた』という意味も含まれているから、アランに改めて言うのは躊躇われる話だ。

 ◇◇◇

 夜。
 無骨な石畳の拷問部屋の至る所に、大小様々な拷問器具が置かれている。
 ムチや鉄の棒は壁にかけられ、”鉄の処女”は扉を開けてその中の釘を見せつけ、焼きゴテ用の竈は久々と言わんばかりに火が灯され、煌々と部屋を照らしている。

 両手を後ろで拘束されたウッラ=ブリットは、綺麗なコバルトグリーンの瞳に怯えを宿しリーファを見上げていた。まだ朝晩は冷える時期だが、歯をかちかち鳴らすのは寒さだけではないだろう。

 リーファの手には一本の杖が握られていた。腕程の太さ長さに加工されたスギの木の先端には水晶球がついており、その側に水面のような美しい色を称えたラリマーの飾り物が添えられている。

「ひっ…!」

 かつん、と靴を鳴らしてウッラ=ブリットに近づくと、彼女は短く悲鳴を上げる。
 まだ何もしていないのに勝手に怯えられてしまい、リーファは溜息を吐いた。

「トールさん、テディさん。動かれると困るので少しの間押さえておいてもらえます?」
「あいよぉ」
「まかしとき」

 小柄だがガタイの良い牢役人達がリーファの後ろから顔を出し、ウッラ=ブリットの前に立ちはだかった。
 スキンヘッドのトールは彼女の後ろ手を肩関節の可動域いっぱいまで持ち上げ、茶色い短髪で顔に斜め傷のあるテディがその後頭部を押さえ込む。

「い、いや!離し───いたい!いたいぃ!」

 悲鳴を上げるも牢役人達が解放する素振りはなく、リーファも特に悲鳴が聞きたい訳ではないから早めに杖をウッラ=ブリットの首に沿わせた。ラリマーの発動体に触れ、杖の先端の水晶玉に色が滲み出る。

 色は赤系。カーマインに近い色だ。

 リーファは実家に戻していた呪い判別の本を開き、その色に該当する種類を探す。
 目的のページを見つけると、リーファの表情がさっと曇った。

「ウィデオー型…」
「ウィデオー型?」

 入り口に近い壁にもたれていたヘルムートがオウム返しする。
 リーファはそれに答える前に、テディに声をかけた。

「テディさん、何か顔を隠せるような物で彼女を覆ってもらえます?」
「おうよ」

 拷問部屋をぐるっと見回して木のバケツを見つけたテディは、それを持ってきてウッラ=ブリットの頭に被せた。まるで誂えた様に顔の全域を覆い、なかなか似合っているかも、と思わなくもない。

「く、臭っ!な、なんなのこのバケツは!?」

 ウッラ=ブリットから抗議が上がるが無視しておく。最近は使われなかっただろうが、多分囚人の排泄物などを溜め込むバケツだろう。衛生面を考えれば、リーファも被るのは遠慮したい。

 呻き声を上げる彼女に背を向けて、リーファはヘルムートの隣で椅子に腰かけているアランに答える。

「ウィデオー型は、視界に影響する呪いです。
 呪いをかけられた本人にほぼ被害はありませんが、かかった本人の視界に入り込んだ者に何らかの被害を撒き散らします」
「うげっ」
「まじかよ」

 心底嫌そうに牢役人達が後ずさりする。アランとヘルムートも苦虫を噛み潰したような顔をしている。
 深く息を吐き、アランがリーファに問うた。

「それは…我々にも被害が及ぶ可能性があると言う事か?」
「そうです。呪いを追い払える私でも、この呪いの被害は受けます」

 振り返り、座り込んでいるウッラ=ブリットを見下ろす。バケツを被っているから表情は見えないが、肩は震えているように見える。
 呪いの力を分かった上でここまで来たのなら、大した性根だが───

「…ただ、被害の大きさは見続けた時間に比例するもので、短時間であればそう影響はないのではと思います。
 …家族などの身近な人とは一番顔を合わせるでしょうから、被害は一番大きいでしょうね」
「…!?」

 自分でも意地が悪い答え方だと思うが、唾を飲み込むウッラ=ブリットの姿は『呪いの効果など知らなかった』と言っているようなものだった。

 ヘルムートは合点がいったように顔を上げる。

「…もしかして、ウッラ=ブリットが乗車していた馬車が転倒したのも、その影響…って事?」
「恐らくは。呪いを受けた本人に被害はなくても、被害を受けた方の側にいて巻き添えを喰らう事はありますからね」

 実家に資材や資料を探しに行った際、ウッラ=ブリットが乗っていたという馬車をリーファも見ていた。

 城下に入る少し手前の街道で転倒したらしく、キャビンは側面が派手に破損しており、所々に血痕が見られた。馬二頭のうち一頭は助からないと判断され処分されたらしく、御者は今も尚城の医務所で寝込んでいるらしい。

「つまりウッラ=ブリットは、お前にその呪いをかけ、ラッフレナンド城内全ての者達をおびやかそうとしていた訳か」

 アランのたられば話に、拷問部屋が静まり返る。
 ウッラ=ブリットは肩を震わせ俯いているし、牢役人達もリーファも黙り込むしかない。