小説
夫婦の真似事の果てで
 八人席につけるテーブルの中央付近に三人が座っている。扉側にカーリンとジョエルが、窓側にアランが座っており、アランの席の手前の椅子が引かれていた。アランがリーファの席を指定したようだ。

「失礼します」

 一声かけながら、カーリン、ジョエル、アラン、リーファの席にケーキとフォークを配していく。最後にテーブルの中央にシュガーポットを置く。

 ワゴンへ戻る頃には、ティーポットの水色は鮮やかな茜色に染まっていた。頃合いかと判断して、ティーカップに紅茶を均等に注いでいく。最後の一滴がカップに落ちると、ふわ、と芳醇な香りが部屋に広がっていった。

「ところで、カーリンはどのような事をしているのだね?」
「わ、わたしですか。
 ………その、ハトルストーン大学への進学を、希望していたんですが…」
「ふむ」
「学力が足りなくて…、前期の入試に落ちてしまって。
 今、後期の入試に向けて、勉強をしているんです………」

 ジョエルの右側から紅茶を配っていたリーファが驚き、肩を落とすカーリンに訊ねる。

「お…落ちたの?カーリンが?」
「う、うん…」
「うそ………」

 恥ずかしそうに気まずそうに小さくなっていく幼馴染を呆然と見下ろしていると、そこでアランが窘めた。

「リーファ」
「あ………し、失礼しました」

 給仕の最中に来客の会話に割り込むなど失礼な行いだった。慌ててカーリンに頭を下げ、回り込んでアランとリーファの席にも紅茶を置く。
 トレイをワゴンに戻しアランの隣の席につくと、アランがリーファに問いかけてきた。

「お前がそこまで言うのであれば、何か理由があるのだろう?」
「あ…はい。カーリンは勉強がすごい出来る子なんですよ。
 昔から学力テストではいつも五位以内には入ってましたし、表彰だってされてましたし…。だからとても信じられなくて…」
「そういやそうだっけなー。お前ガリ勉っぽくねーのに成績だけは良かったよな。なんで落ちたんだ…?」

 リーファとジョエルに交互に持ち上げられ、カーリンは顔を真っ赤に染めた。手をぱたぱた振って、慌ててまくし立てる。

「わ、わ、わ。そ、そんな事ないってば!
 に、入試の問題が、過去問にも出てないようなのが結構あったし!
 それでも殆ど書いたし、自己採点も九割は確実だったけど…っ」

 謙遜なのか自慢なのかいまいち分かりにくい弁解だったが、自己採点で九割合っていたにも関わらず不合格だというのはあんまり過ぎた。リーファは納得行かずに困惑する。

「じゃあ何で…」
「…大学へ入学出来る人数は、予め決められている」

 シュガーポットを開けて角砂糖を一つだけティーカップに投入したアランが、淡々と声を上げる。
 三人の視線がアランに集中すると、彼はスプーンで砂糖を溶きながら続けた。

「男女混合で点数上位者から合格としていく学校もあるだろうが…。
 男性と女性で定員数を別々に設定していた場合、例え優秀であろうと定員からあぶれれば不合格となる」
「え?あ?ど、どういう事だ?」

 アランの言葉の意味が理解出来ないジョエルが、カーリンに助けを求めている。
 カーリンは溜息を漏らし、手ぶりを交えて説明し始めた。

「例えば、受験生が男十人、女十人で、入学定員が男九人、女一人の学校があったとして…。
 受験生の女十人は全員百点満点だったとしても、一人しか入学が出来ないって事よ。
 で、受験生の男十人は全員零点でも、九人は入学出来るって事」
「は?!そんなのおかしいだろ!?」

 リーファから聞いても分かりやすい例えに、ジョエルが声を荒げる。
 アランは満足そうに頷き、言葉を付け足した。

「今の例は極端だがね。
 しかし男女混合で点数上位者を見ていくと、男女比が偏るという報告もある。
 …大学は就業先との繋がりも深い。
 学校内の男女比が偏る事で、職の斡旋がやりにくくなる懸念もあるのだろう」
「つまり…就業先の要望に沿う受験者を、優先的に合格させる事がある、と?」
「そういう事だ」

 リーファの要約を肯定して、アランが紅茶を口に含んだ。

「…なんか、納得いかねーな。頭いいのに学校入れねーとかさ…」

 理解は出来たようだが腑に落ちない様子のジョエルは、ふくれっ面でぼやいている。アランに対して発している訳ではないからか、すっかり喋り方が崩れているが、アランはそんな彼を楽しそうに眺めていた。

「関係ないわよ。女の定員が一人分しかなくても、満点取れば入学出来る可能性はあるんだから。
 今は苦手な所を潰すべく、勉強あるのみよ」

 さっきまで落ち込んでいたと思っていたが、立ち直りも早いものだった。カーリンは鼻息荒く、意気揚々とそう吠えてみせた。
 頼もしい発言を聞いて、アランがフォークでケーキを崩しながら微笑んでいる。

「後期は受験者倍率も高いという。最善を尽くすべく励むといい。私も期待しているよ」

 まさか国王から激励を受けられるとは思わなかったのだろう。カーリンは頬を赤く染めて喜んだ。

「は、はい。ありがとうございます!」

 すっかり上機嫌になっていった幼馴染を見て、リーファも安堵した。
 彼女が落ち込んでいる所など、鉄棒で逆上がりがなかなか出来なかった時くらいしか見た事がなかったから、諦めてしまうのだろうかとも思ったが、杞憂に終わりそうだ。

 話の区切りがついた所で、リーファはふたりにもテーブルの上のものを勧めた。

「さあ、紅茶が冷めないうちに召し上がって。ケーキは、料理長さんの新作だそうよ」
「あ、うん。いただきまーす」
「すげーなこの上の赤いの。どうやって作ってんだ」
「いじってないで食べなさいよ。行儀悪い」
「う、うるせーな」

 カーリンはティーカップに口をつけ、ジョエルはフォークでケーキのゼリーをつついている。

 リーファも角砂糖を一つだけカップに落とし、スプーンで溶かして口に含んだ。ラッフレナンドではよく飲まれているタイプの紅茶だが、さすがに城に納品されているだけあって香りが豊かだ。

 ケーキの方にも手を伸ばしてみる。思ったよりもイチゴの風味が強く、しかしチーズケーキの濃厚な甘さも負けていない。

「美味しい…」
「うめぇ…」
「ほっぺた落ちるー」

 庶民三人がケーキを頬張り揃って感嘆の吐息を零すと、横で見ていたアランが微笑ましげに口の端を吊り上げていた。