小説
夫婦の真似事の果てで
 ───プラウズ家について、母はあまり悪い印象で話した事はなかった。

 母が少ない給料から仕送りしていた事も、藪から棒に伯母夫婦が押し掛けてくる事も、診療所の薬代の立て替えも、父の悪口を言っていく事も、当たり前なのだと思っていた。

 そんなプラウズ家を父も苦手としていたようだが、父の親戚は頼りにくい一面もあったものだから、
『将来リーファに何があるとも限らないし、まめに接点を持ってくれるだけありがたいと思わなきゃ』
 と、母は言っていた。

 しかし。
 母の言と、定期的に押し掛ける伯母夫婦のやりとりを伝えた所、カーリンは、
『デメリットしかない親戚に、何でそこまでされて義理立てしなきゃいけないの?』
 と不快感を露わにしてみせたのだ。

 そこでようやくリーファは、プラウズ家に対する見方を改める機会が生まれたのだった。

 ◇◇◇

「困った事に、その血の半分は受け継いでるのがね…。
 側女に出自は問われないというけど、プラウズの姓であれこれされると陛下にご迷惑が…」

 先の結婚詐欺騒動を思い出すと頭が痛くなる。
 伯母夫婦の行方は今も分かっていないらしい。生きてても死んでてもいいから、人様に迷惑だけはかけないでほしいと願うばかりだ。

 こめかみを揉みつつ溜息を吐いていたら、カーリンがにまにまとリーファを眺めている。笑いを堪えているようだ。

「…なに?」
「リーファ、言葉遣い丁寧になったねえ」
「…?」

 急にそんな事を言うものだから、リーファはきょとんとして瞳を瞬かせた。
 変な所を褒めてくるものだから狼狽えてしまい、しなを作ったり髪をいじったりしてしまう。

「え、あ、そ、そう…かな?
 …作法はメイドさん達から教わったりしてたし、ここに来た頃よりは注意される事は減ったかも…?
 お城にいるとどうしても人の目があるから、せめて悪目立ちしないように心掛けてはいるのよね…。
 最初はすごい疲れてたけど、最近はそうでもないし、慣れもあるんだと思うんだけど………あ、ら?」

 なんて言っていると、目の前からカーリンの姿が消えている。

 左右を見渡して幼馴染を探していると、不意に首の後ろから手が伸びてきた。遠慮なく、リーファの胸を鷲掴みにしてくる。

「ひゃわんっ!?」

 ねっちりもにもにと、さも扱いを心得ているかのように胸をこねくり回すカーリンが耳元で囁く。

「お、二カップ位膨らんだ?王様よくつるぺったんなリーファのおっぱい育て上げたねえ」
「そんなには膨らんでないからっ。陛下も、まだまだこんなんじゃ満足出来ないって…。
 ………肌は、綺麗になってきたって言ってくれた事があったけど………」
「ほほお、ほおほお。そんなピロートークまで言い合う仲なのかー」
「………!!」

 ついつい要らん事まで言ってしまって、リーファの顔が真っ赤に染まる。これ以上口を開くと恥ばかりかいてしまいそうで、拗ねも相まってリーファは黙り込んでしまう。

 しばらくされるがまま揉みしだかれるが、やおらカーリンはリーファの胸から手を離し、ぼそっとぼやいた。

「ま、ちょっとは安心したわー」
「…ん?」

 顔を上げて、頭の上でリーファを見下ろすカーリンと目がかち合う。

 編み込みをしていない、肩に降ろしている茜色の髪を指ですくって、カーリンが破顔した。

「手紙だけじゃ、リーファがどんな気持ちでここにいるかなんて分かんないしさ。
 もしかしたら王様に酷い事させられてないかなって、思ったのよ。
 でも王様がどんな人かも何となく分かったし、リーファもここの暮らし、満更じゃないんでしょ?」

 そう問われて、リーファは今までの事を思い出す。
 最初の頃は本当に色々あったが、しかし今に至るまでをひっくるめて思えば。

「…そうね。陛下も周りの人達も、皆優しいよ」
「その言葉が聞けただけでも、会えた甲斐があったってもんよ」
「…心配かけて、ごめんね」

 口元を緩めたまま、カーリンはぺちぺちとリーファの頬を叩く。黙ったままだが『心配なんかしてないわバーカ』と言われているような気がする。

「ぐ、え」

 代わりと言うべきか。彼女はリーファの首を腕で締め上げ、顔をぐりぐりとこすりつけて煩悶した。

「あーでもなー。お城生活羨ましいなー。
 夜以外は食っちゃ寝してるだけでしょ?あたしもしてみたーい」
「…カーリン、側女になってみない?」
「はあ?」
「私、カーリンの裏表のない性格は陛下と合うと思うのよね。
 まあ…結構見た目の文句はつけてくる方だから、言い合いになっちゃうかもしれないけど。
 側女が増えて、陛下の好みの傾向が周りに知れれば正妃様選びにも繋がりそうな気がするし…。
 それに意外と勉強する機会も多いのよ。公文書館の蔵書はすごいんだから」

 突拍子もない提案だったが、一応カーリンを悩ませる程に魅力的なものだったようだ。
 彼女はリーファの頭を抱え込んだまま、上を見たり下を見たりと悩みに悩みぬいて。

「………………………。ごめん、発言を撤回させて。
 喧嘩になんのもどーかと思うけど、多分三日で飽きるわー」
「お、うん」
「でも公文書館は興味ある!あたしみたいのが行ってもいいの?」

 ちょっと残念に思いながら、リーファは部屋の壁時計を見やった。いつもであれば、アランの休憩時間でおやつを差し出している頃合いだ。
 アランはまだ執務室に戻ってはいないだろうし、どの道菓子は不要だろうが、後々の事を考慮してもまだ少し時間はある。

「入城許可証の退城時刻はまだ先?
 貸し出しは出来ないけど、読書スペースで時間いっぱいまで本読んで行けばいいよ。案内するからさ。
 庭園のすぐ側だし、後でジョエルと合流して帰ってもいいんだし。
 …でも、この部屋片づけてからね?」
「おっけー」

 そうと決まれば行動は早い。カーリンはささっとテーブルの食器類を手に取り、ワゴンに片付けていく。
 リーファもまた、ワゴンにあった濡れ布巾でテーブルを拭いて回った。

 一通り片付けを終えて、ふたりで部屋を出る。扉にかかっている”食事中”のプレートを外し、ワゴンを押して厨房へと歩き始めた。

「そういえばカーリン。今日は夕食何食べたい?」
「何よ急に?あー…そうだなー。たまには魚料理がいいなあ」
「魚かあ………あんまりレパートリーないのよね…。焼くか…煮るか…」
「で、何の話?」
「陛下がね、たまに私の手料理を食べたいんだって。
 でもそろそろネタが尽きてきて…」
「…側女ってそんな事もやんの?なんか、めんどくさいのねえ…」

 はあ、と感心したような呆れたような溜息がカーリンの口から漏れていった。