小説
古き世代を看取って
 牢屋にでも突っ込んでおくつもりであったターフェアイトだが、持ち込んだ荷物があまりにも多かった為、本城1階北側の二部屋に荷物と一緒に収容する事となった。

 西の部屋は荷物と寝床が置かれた寝室に。東の部屋は本や標本などが置いてあり、居室のような雰囲気だ。二つの部屋は扉で繋がっているから、よほどの事がない限りターフェアイトがここから動く事はないだろう。

 比較的近い薬剤所や医務所の面々には嫌な顔をされたが、調合に使えそうな貴重な素材をたくさん渡したため、渋々、と言った感じで理解してもらってある。

(引っ越しの挨拶回りってこんな感じなのかな…)

 医務所を出てとぼとぼとターフェアイトの部屋へと戻る途中、リーファの口から溜め込んでいた吐息が零れた。医師や看護師の方々から同情するような目で見られたのがなかなか堪えた。

「おーい、リーファー」

 廊下に響くターフェアイトの声に、リーファは、むす、と唇を尖らせた。廊下に立っている兵士に一応愛想の会釈をして、居室に入る。

 居室の中にも扉の側に兵士が待機していて見張りは万全だ。ターフェアイトが相手でなければ、と付け加えなければならないのが悲しいが。
 突き当りのガラス窓の側に椅子とテーブルが置かれ、ターフェアイトは優雅に腰かけていた。この家具もどうやら持ち込んだ物のようだ。

 改めてリーファはターフェアイトを見据えた。

(最後に会ったのは二年前…か)

 胸元を大きく開け、腰まで切れたスリットなど、扇情的な格好を好むのは以前と変わっていないようだ。年甲斐もなく肌を晒す性分は、はしたないと思う反面羨ましいとも思ってしまう。

(兵士さんは、『魔女は突然城内に現れた』って言ってたっけ…)

 ターフェアイトを最初に目撃した兵士の話によると、彼女はいきなり姿を現したらしい。城下の門を通過せず、城壁門を通る事もなく、忽然と城壁門と本城入口の間にいたようだ。

(入口で騒いでも本城では話題にならないし、奥まったところだと気付かれない…。
 本当に目立つところに降りてきたのね…)

 ターフェアイトらしい行動だと呆れながら、リーファは師に問いかけた。

「…何ですか?師匠」
「うん、まあそこにかけなよ」

 と、机の手前にあるスクエアテーブルと向かい合わせのソファ二脚を指す。こちらは城にある備品と同じ装飾のものだ。恐らく元々この部屋にあったものだろう。

 扉を閉め渋々ソファに座ると、ターフェアイトも向かいのソファに腰掛ける。
 師匠と弟子、落ち着いて顔を合わせる時間がようやく出来た、と言っていいのかもしれない。

「ご挨拶が遅れましたね。ご無沙汰しております。ターフェアイト師匠」

 リーファが恭しく頭を下げると、膝を叩いて快活にターフェアイトは笑う。

「ははっ、随分かしこまった言い方じゃないかいリーファ。
 ウチに来てた時は、そんなお嬢様言葉なんか使った事なかったじゃないのさ」
「『長い物には巻かれよ』という事です。
『陛下の側女は品がない』とか思われるのは、陛下の為にも私の為にもなりませんから」
「はっ、ご苦労なことだね。まあ、元気にやってるみたいで何よりか」

 リーファは改めて周囲を見回した。物量は多いが、彼女の用事を思えば本当に必要なものを厳選して持ってきたように見える。

「それより、ラザーは元気にしてます?連れて来てると思ってたんですが」

 ”ラザー”というのは、ターフェアイトに師事していた頃にリーファが作り出した使い魔だ。
 アサガオの蔓を媒体にして作っており、片言の会話、ゆっくりながら移動も出来て、時折花も咲かせる。元々授業の一環で作ったものなので利便性を考えて拵えたものではなく、話し相手のようなものだ。

「ああ、あいつには住処を守ってもらってる。
 最近大分自然に擬態するようになったから、重宝してるよ」

 ターフェアイトの言葉に、リーファはほっと胸を撫で下ろした。

 彼女の住処は森の奥の山の崖下に作られた洞窟なのだが、時折獣が迷い込む事がある。うっかり洞窟を巣穴にされると面倒な為、上手く隠す必要はあったのだ。
 リーファの得意な魔術属性、ターフェアイトの住処の隠蔽方法を考えた結果、蔓を選んだのは正解だったらしい。

「それなら良かった」
「…気にしてたんなら連れて帰れば良かったじゃないのさ」
「ここだとバレた時が怖いですから…。
 火や乾燥に弱い子だし、やっぱりあっちの住処みたいな所の方がいいんじゃないかなって」
「あいつは、ちゃんと身の振りを考えてやらないとねえ」
「…そうですね。そういう事ですよね…」

 これから先の事を思うと、気が重くなる。ターフェアイトがこの場に現れた理由を、リーファは大体察しがついていたからだ。

 師事していた頃の事を想い耽っていたら、ふと最近あった出来事を思い出す。そういえば、ターフェアイトに聞いておく事があったのだ。

「…話は変わりますが、師匠。シュタイン=ヴァイゼンという名前に心当たりは?」
「いんや?何それ?」
「西にある遺跡を、『カロ=カーミスの遺産』と呼んでいた方がいて…。
 もう、会う事はないと思いますが」

 何とか思い出そうとしているのだろう。唇を真一文字に閉め、腕を組んで虚空を仰いでいる。

「あーん………あるとしたら強硬派の連中かねえ…?
 あいつら、あそこに捨てといたオーブ試し打ちしたくてうずうずしてたし…。
 カロが一通りシメたと思ってたんだけど………生き残りがいたんだねえ。
 ………しっかし、引きこもってたカロを妬んでた連中の末末が、カロのゴミを欲しがるとか。笑い話だねえ?ははっ」
「ああ、うん………師匠の話となんか噛み合わないと思ってましたけど…やっぱりそういう事だったんですね…」

 額に手を当て、リーファは深々と溜息を零した。以前ターフェアイトが『あの辺にゴミ捨て場がある』とだけ言っていたから、彼の呪術師の言が引っかかってはいたのだ。

「リーファ、あんたはあそこに行っちゃ駄目だよ。
 あんたなら起動も解体も出来るだろうが、先が怖い」
「買い被らなくても心得てます。
 そもそも、日がな一日陛下のご機嫌取りをしてて、そんな時間はありませんよ。
 最近になって困った事言うようになって…本当に、苦労してるんですから…」

 はあ、と悩まし気に吐息を零すと、色々察したのかターフェアイトがにやりと嗤ってみせた。

「下ネタにいちいち反応してたあんたもすっかり籠の鳥、か。人は変わるもんだ」

 昔話もそれなりに尽きてきて、ターフェアイトは話を切り替えてきた。

「さあさあ、本題に移るよ。あんたも薄々分かってると思うけど───」
「この城の結界とシステムの再構築…ですね?」
「ああ」

 と、不意にターフェアイトは扉の方を見やる。視線に合わせて顔を向けると、気になるものがあるのか、見張りの兵士がそわそわと視線を泳がせている。

「…込み入った話だし、兵士は邪魔かねえ」
「!?」

 自身の事だと気づいたようだ。我に返り、黄金色の髪の兵士がターフェアイトに警戒を向けた。

「大丈夫ですよ」

 ターフェアイトが机に立て掛けていた杖を取ろうとした時、リーファは師を制した。

「ここは噂の広がりは早いですけど、私は、兵士さん達の口は堅いと思ってます。
 皆いい人達ですから、何の心配も要りませんよ?」
「へえ?」

 何か面白い物でも見たかのように、ターフェアイトの目がぱちりと瞬いた。
 口は堅いと言われた兵士も、驚いた様子でリーファを見下ろしている。

 名前は知らないが、確か1階で衛兵の仕事をしている上等兵だったはずだ。その貴族然とした端正な顔立ちが目を引くのか、時折メイド達の会話の中で話題になる青年だった。

 彼は意思の強そうな菫色の瞳でターフェアイトを睨み、ぶっきらぼうに言い切った。

「オ…オレは、魔女が脱走を試みようとした際に取り押さえるのが仕事だ。
 ここで聞いた内容など、興味はない!」
「…だそうです」
「…ふうん。まあ、あんたがそう言うならいいか」

 ターフェアイトは肩を竦め、手に取った杖を机へ戻してソファへと戻ってきた。