小説
古き世代を看取って
 翌日。
 城がゆっくりと賑わいを見せるようになった午前中に、リーファはターフェアイトの居室へ訪れていた。

「んっふふふふふふはははははは」

 そして昨晩の出来事をターフェアイトに話すと、彼女はソファに突っ伏し足をバタバタさせて笑い転げたのだ。
 昨日と同じ黄金色の髪の衛兵は、肩を震わせて俯いている。何故か怒って見えるのは気のせいだろうか。

 あまりに笑われてしまって、リーファはただただ恥じるばかりだ。こんな事なら、アラン達に最初から話しておくべきだったと後悔してしまう。

「そんなに笑わないで下さい…ほんともうどうしようかと思ったんですから…」

 笑い疲れてひいひい喘いでいるターフェアイトは、寝そべったままリーファの方へ顔を向けた。

「そ、そ、そ、それで?結局今朝方どうしたのさ?」
「シェリーさん…メイド長さんには、『手を貸すな』と陛下は言って出て行ったんですけど………『わたしが手を貸さなければ良いのですから』って言って、他のメイドさんに指示を出してくれて…。
 私はシーツに包んでもらって…。
 トビアスさん…4階の衛兵さんに、『洗うシーツをまとめたいので、これを一旦3階の個室へ運んで下さい』ってお願いして下さって…」
「ぷっ…!」

 その姿を想像したのだろう。ターフェアイトはまた笑いを押し殺した。仰向けで体をぷるぷる震わせると、豊かな双丘も併せてぷるぷる揺れ動く。
 やがて、そこそこ笑って気が済んだのだろう。呼吸を正し、口の端を吊り上げながらもゆっくりと体を起こした。

「はー………そんなんで、いいのかい?」
「この位なら目を瞑ってくれるんですよ、いつも。誰かが手伝うと見越して言っているんじゃないかと。
 …人を良く見てる方ですから」
「はあ、辱めを受けててべた褒めかい。アタシにゃあ真似出来ないねぇ。
 …まあでも、好き好んで王に仕えてる魔術師なんて、どこもそんなもんなのかねえ…」

 そう言ってリーファを眺めるターフェアイトの目は、どこかリーファを見ておらず、別の誰かを映しているようにも見えた。

(かつての仲間の事を思い出してるのかな…)

 今尚城の地下に縛られている仲間。革命で死んでいった上司、同期、部下。
 リーファは、当時の事を何も知らされていないから想像するしかない。
 しかし、自分が過ごしていた時とあまり変わっていない城と、何もかもが変わってしまった人並みを見て、ターフェアイトが何を思うのか。
 生きた年数が短すぎるリーファには、到底理解が及ばない。

「それで?今日は何するんだい?」

 声を掛けられ、その目がちゃんとリーファを捉えているのに気が付く。
 我に返って、リーファは師に答えた。

「あ、ああ、はい。午後の会議で、陛下がシステムの事を相談して下さるそうです。
 何かしら決定が下れば、声がかかるかと。
 それまでは、城内ならば散策の許可が下りてますよ。私も付き添いますけど」
「お、いいねえ。
 ここで教鞭を執るのも悪くはないけど、たまには体も動かさないとねえ」

 ターフェアイトから出てくるはずのない単語が出てきて、リーファは目を丸くした。

「…教鞭?」
「見張りにきた兵士に、魔術の仕組みをちょっと教えてたのさ。
 メルクリオ、グスタフ、レオン…あと見張りじゃないけどアハトって子も来たね。
 魔術師嫌いの国ってのはなんだったのかねえ?昨日あれだけ暴れたってのに、みーんな興味津々さ。
 そこのカールは一番理解が早くてねえ。ツンツンしてるけど、なかなか筋がいい」

 名指しで褒められ、カールと呼ばれた黄金色の髪の青年は顔を上げた。
 リーファが彼を見やると、ふい、と目を逸らしぼそっと呟く。

「…ま、魔女を捕らえるのに無策ではどうにもならないからな。当然だ」
「…だってさ」

 はあ、とリーファは感嘆の声を上げた。てっきり針のむしろのような心境なのかと思ったが、少なくとも兵士達からの評判は悪くないようだ。

「な…なんか意外ですけど、思ったより馴染んでいるみたいで安心しました。
 でも、外では何言われるか分からないんで、あんまり出しゃばらないで下さいね」
「はいはい」

 いい加減な相槌に少しばかり不安を覚えたが、城の手直しをするならば視察は必要だ。城は広いし、早くから動いた方が良いだろう。
 善は急げと、リーファはソファからゆっくり腰を上げた。