小説
捨てられたもの、得られたもの
「はあ、申し訳ありません。ですが…」
「罰として、今夜はターフェアイトが所蔵していた、一番卑猥な小説を朗読するように。
 そうだな…『王に弄ばれた魔女が快楽に溺れた末、喜んで正妃の地位を受け入れる』系の本を持って来い」

 何だかどこかで聞いた事のあるようなジャンルを要求され、さすがのリーファも口の端が引き攣った。

「そ、それはもうアラン様が執筆した方が早いような気がしますね…。
 …そ、それよりも。申し訳ないんですが、これはアラン様の為でもあるんです…」
「確かにな。快楽に溺れたお前など飽きるほど見ているから、今からでも情緒あふれる生々しい逸品を執筆してみせるぞ?
 だがそれはそれとして、他の筆者の表現を見るのが乙で───ん?」

 フェミプス語で書かれてあるから読めないだろうと思ったが、リーファは一応机の上へ便箋二枚を差し出した。

「師匠の手紙には『手紙を見た次の日から一日ごとに、王サマの毛が百本抜ける呪いをかけた』と書かれていて…。
 その姉弟子の方のサインを頂かない事には、呪いが解けないようなんです。
 呪いも、どうやら手紙には付与されていないようで、多分持ち込んだものの中にあるはずなんですが…ちょっと、場所の見当がつかなくて…」

 リーファはそう言ってみるが、残念な事にアランの反応は薄い。目を見開き黙り込んでいる。

 リーファは渋々便箋を折りたたみ、封筒の中へとしまった。

「でも、アラン様がそう仰るのなら仕方がないですね。いつ書いたものなのかも分かりませんし、もう解決しているかもしれませんから。
 ではこの話はなかった事にして、アラン様のご要望に近い本を探して───」
「…かする」

 ぼそっと。アランが口を殆ど動かさずに何かを呟いた。

 あまりに小さくて聞き取れず、リーファはつい聞き返してしまう。

「え?」

 ───ダンッ!

 いきなりアランが机を叩くものだから、リーファは驚いて思わず身を竦めた。
 見れば、叩いたついでにアランが立ち上がっており、焦燥を感じさせる表情で声を荒げた。

「き…っ許可すると言っている!
 今行けすぐ行けさっさと行け!!!」

 いきなり大声で発言を撤回されてしまい、何の反応も出来ずにリーファは固まってしまった。

 びっくりして動けないでいるリーファを余所に、アランは力なく椅子に腰を下ろし、頭を抱えて唸っている。

「ハゲは………ハゲは、嫌だぁ………!!」

 想像以上に狼狽えているアランの姿を見下ろし、リーファは亡き師の着眼点に感心した。

(こ、こんなに効果があるのね…?!)

 ターフェアイトの手紙には『って言っておけば、きっと喜んで行かせてくれるはずさ☆』と続けて書かれていた。
 冗談だとは思いたいが、一方で師匠はこういう事を嬉々としてやりたがる性分でもあったから、リーファとしては『冗談ですよきっと』と言えない。

「そ、そんな大袈裟な。
 あ…アラン様は、髪の毛多いから気にしなくてもいいと思いますよ…?」

 恐る恐る顔を上げたアランの表情は、十歳は老け込んだように見えた。恐怖が顔に出る程ショックだったようだ。

「ヘルムートが、最近抜け毛に悩んでいるのだ…。朝起きたら、枕に抜け毛がたくさん落ちていたと…。
 見たら後頭部に、一オーロハゲが出来ていた…!」
「そ、そうだったんですね………大変ですね…」

 今日は珍しくヘルムートが休みで、城にはいない。
 朝、見た事もない帽子を被り『ちょっと家で養生してくるよ』と憔悴した様子で出かけて行ったのは知っていたが、まさかそんな悩みがあったとは思わなかった。アランが見合いの実施をごねる為、ストレスが溜まっていたのだろうか。

 何にしても許可が下りた事だし、支度はしなければならない。

 リーファは椅子の方へと回り込んで、塞ぎこんでいるアランをそっと抱き締めた。

「場所は、西の国エルヴァイテルトの山の麓だそうです。
 橋渡しの腕輪用の宝石が入っていましたから、明日朝一で行ってきます。
 内容が分からないので何日かかるか分かりませんが、アラン様の呪いは最優先で解いてもらって、落ち着いたら夜にでも定期報告に戻りますね」

 なだめるように髪にキスを落とすと、不貞腐れた顔をしてアランが顔を上げた。

「わ」

 リーファを抱き上げ膝の上へと乗せると、アランもまたリーファの頭に顔を埋めて来る。

「リーファ…」
「はい?」
「お前は、私がハゲても幻滅しないか…?」

 アランの問いかけに、リーファは小首を傾げた。
 ハゲが出来た所でアランの品格が変わる訳でなし、リーファの仕事が変わる訳でもないだろう。

(ああでも、お手入れの手伝い位はした方がいいのかな…?
 リャナに聞けば、抜け毛に効く薬とかありそうよね…)

 いずれにしても、リーファがやる事はそう変わらないような気がした。

「幻滅なんてしませんよ。アラン様なら、一オーロハゲでも千オーロハゲでも素敵だと思います。
 …あ、そうだ。あんまり気になるようなら、いっその事スキンヘッドとかどうですか?
 スキンヘッドの似合わない男の人って、あんまりいないと思うんですよね」

 と、リーファなりに良案を提示してみた。
 しかし、リーファを見下ろすアランの反応は芳しくない。

「………。………………。
 ………………スキンヘッドも、嫌だな………………」

 スキンヘッドの自分を想像したのだろうか。アランはそうぼやき、リーファを優しく抱き寄せた。