小説
捨てられたもの、得られたもの
「では、頼りになる姉さんへ、妹弟子として何かお礼をしませんとね。
 師匠もああ書いていましたし、私に何か出来る事があれば何なりと仰って下さい」

 便箋を封筒にしまおうとしている姉さんが、驚いて顔を上げた。

「えっ…そ、そうね。そういう話だものね。ううん…」

 そして、頬に手を当てて少し考え込んでいる。

 リーファは訝しげに眉根を寄せた。

 彼女ほどの魔術の使い手であれば、殆どの問題は解決出来てしまうだろう。逆に言えば、彼女が抱えている問題でリーファが手伝えるものなど、そう多くはないのではないだろうか。

「こ、こんな事、妹に相談するものではないのかもしれないのだけど…」

 もじりもじりと体をくねらせて、恐る恐る姉さんは口を開いた。

「年頃の男の子って、どう扱っていいのかなって………」

 彼女の意外な告白に、リーファは小首を傾げた。

「年頃の…って?」
「最近…バンデが反抗期になったみたいなの…」

 名前が挙げられ、リーファの脳裏にさっきの少年の姿が過る。

「『飯が不味い』って怒ったり…わたしの事『臭い』って避けたり…一緒に買い物に行こうとすると嫌がられたり…。
 昔はそんな事言わなかったのに、どうしてこうなったのか………」

 泣きそうな顔を両手で覆い、疲れすらにじませて彼女は肩を落としている。

 反抗期というと、精神の成長過程で反抗的な態度が顕著になる時期を指すという。
 普通、自我の意識が強くなる幼少期や、男女差が顕著になる思春期に起こると言われているが、勿論個人差はあるだろう。
 思えばここに来た時の騒動も、反抗期の一種なのかもしれない。

 サンドイッチの礼を自発的に言える辺り、根は素直な優しい子のようだが、それはそれとしても身内と他人とで対応が変わるのは当たり前だ。

「な、なるほど。しかしそれだと困りましたね。私もさすがに子育ては経験がなくて…」
「そ、そうよね…」
「で、でも、料理くらいはお役に立てるかもしれません。
 根本的な解決にはならないかもしれませんが、大きくなると味覚が変わりますし、バンデ君に合うものを一緒に考えていきましょうよ」
「…ありがとう、リーファ。
 こんな事誰にも相談できなくて、わたしどうして良いか思い詰めていたの…」

 涙を溜めた目元を指で拭い、姉さんは安心した様子で笑って見せる。

 何にしても、当面の目標が見えた。後は、情報を集めていく必要があるだろう。

「ところで、バンデ君なんですが…あの子は人間、ではないですよね?魔物とのハーフ…ですか?」
「うん。あの子はね、バイコーンと人間のハーフらしいの」
「バイコーン…」

 種族名をオウム返しして、記憶の片隅から情報を引き出す。

 バイコーンとは、二本の角が生えた馬の魔物だ。
 一本角のユニコーンが純潔の女性に懐くのに対し、バイコーンは不純を司ると言われている。また、善良な男性を殺して食べるとも言われているが、詳しい生態はよく分かっていないようだ。

「バイコーンというと、系統は馬ですよね?
 …バイコーンと人間って、子供作れるんですね…?」
「そう、ね。どっちがどっちとか野暮だけれど、まずはそこを考えてしまうわね…」

 同じ事を考えていたようで、姉さんは頬を赤くして息を吐いた。

 姿を変えるアクセサリーなどもあるようだから、互いに人として、あるいは魔物として逢瀬を重ねたのかもしれない。あるいは何らかの事情により、望まない妊娠をしてしまったか。

 色々考えてしまうが、得たい情報とは無関係だ。リーファは話を切り替えた。

「そ、それはそうと、らしい、というのは?」
「あの子はね。奴隷商から購入した子なの」

 その言葉に、リーファははっとさせられる。
 二人のやり取りを見ていて、何となく血縁関係は無さそうだなとは思っていたが。

「奴隷…」
「どういう経緯で売られたのかは聞いていないわ。興味はなかったし」

 そう言ってみせる彼女だが、思う所があるのか表情は悲しそうだ。

 少なくともラッフレナンド界隈では、町中で魔物の風貌をしている者は見た事がない。
 そう多くはないと思いたいが、仮に魔物との間に子を成し、その子に魔物の特徴が見られた場合は、何らかの方法で”隠す”手段が取られるのだろう。

 監禁するか、殺すか、捨てるか。あるいは、奴隷として売り払う事もあるのかもしれない。
 いずれにしても、何の罪もない子が、親の都合で悲運に立ち向かわなければならない。嘆かわしい話だ。

(姉さんに引き取られただけ、バンデ君は良い方なのかな…)

 少年の境遇を勝手に想像して落ち込んでいると、姉さんは朗らかに微笑んだ。

「あ、そうそう。
 その奴隷商から聞いたのだけど、食べ物は基本何でも食べれるそうよ。
 わたしも色々試したのだけど、馬なら食べられないキャベツやタマネギも食べてくれるし。
 チョコレートも好きなのよね」

 ふと我に返り、リーファはリュックサックから慌てて鉛筆とノートを取り出した。忘れないようにメモしていく。

「そ、そういえばチョコレートファッジも美味しそうに食べてくれてましたね。
 味覚や体の仕組みは、人寄りと考えてよさそうですね…。
 …では次は、普段どんな食事をされているか教えてもらえますか?」

 リーファが本格的に取り組む様に少し驚いた様子だったが、真摯に向き合っている事が伝わったのか、姉さんは食生活についてかなり詳しく説明をしてくれた。