小説
捨てられたもの、得られたもの
 スロウワーは、町全体がレンガで構成された町だ。
 かなり古い時代からある町のようで、赤朽葉色に色褪せたレンガの建物が迷路のように軒を連ねている。
 入り組んだ町並みだが取り決めがあるようで、金物屋の通り、食材屋の通りと、通り毎に似た種類の店が並んでいる為、買い物に困る事はなさそうだ。

 暑くはあるが乾燥した良い天気の中、どこかから管楽器や打楽器の音色が流れて来る。旅芸人の見世物でもやっているのだろうか。

「大体だけど、北西は居住区、南は商業区、北東は工業区になっているの。
 北東にある教会のステンドグラスは名物でね。観光名所にもなっているのよ」

 北側は水路がある為町に入れる道はなく、リーファ達は南東の入口から入りながら教会がある北へと歩いていく。南が商業区と言っていたから、散歩を兼ねているようだ。

 教会の入口には、美しい彫り込みがされた柱が幾つも立ち並び、荘厳さを感じさせる。側にあるプラタナスの木は日差しを遮ってくれるようで、袂で休憩している人の姿が見られた。宗教的なものなのか、一人の人物をたくさんの人が囲っている彫り物の飾りが扉の上に飾られていた。

「教会ですか…行く事がないんですよね」
「苦手?」
「苦手…ではないんですが、その、どういう時に行くのが正しいのか分からなくて。
 ラッフレナンドの城下で暮らしていた頃も、クラスメイトと顔を合わせたくなくて行ってませんでしたし」

 リーファと肩を並べて教会を見上げていた姉さんは、「ふぅむ」と声を上げた。

「そうねえ…。わたしも、教会はそこまで頻繁には行かなかったわ。
 遠出をする女性に祝福を授けて下さるから、中央で仕事していた頃は時々行っていたけど…」
「女性に…祝福?」
「あら知らない?月経周期を一時的に止める術をかけてくれるのよ?」
「!」

 いきなりおかしな事を言うものだから、リーファは驚いて姉さんを見てしまった。
 顔を赤くして黙り込んでしまったリーファを見て、くすくす彼女が笑っている。

「そうよね。余所に行く機会がなくて、教会にも行った事がなければ知らないよね」

 冗談かと思ったが、その様子を見るにどうやら本当の事らしい。

「そ、そうなんですね………。
 遠出する女性は、生理の時どうしてるんだろうって思ってましたけど…」
「術をかけてくれる方の力量によって、どれぐらい持つかは変わるそうだけど。
 途中で術が切れて月経が始まってしまうと悲惨よね」
「…その、悲惨な時はどうすればいいんです?」
「ん………そうね。わたしは今まで、困った事にはならなかったけれど…。
 でも一応、汚してもいい下着と染み込ませる布は持ち歩いていたわ。
 汚しても目立たないように赤いスカートは持っていたし、匂い袋で臭いはごまかせるようにしたし…」
「やっぱり、ひと手間かかりますよね…」

 はぁ、とリーファは感心の吐息を漏らした。
 城下にいた頃はやはり似たような物を持ち歩く癖はつけていたし、城に入るようになった後も一日位は持つように対策はしていたものだ。
 遠出をしていた時に何事もなかったのは、本当に運が良かったのだと思い知らされる。

「それを抜きにしても、ひとりでは気が引けるわね。
 こういう所は近所の人たちとのお喋りの場にもなっているから、やっぱり身近な人と行くのが一番なのよ」

 思考を戻され、改めて教会を見上げた。

 ミサなどの祭儀があれば、町の人たちは集まってくる。当然、見知った者とも会うだろうから、仲が良ければ会話は弾むはずだ。あるいは、初対面の人と会話する機会もあるのかもしれない。
 そういう意味では、教会は人と人を繋ぐ場所としても利用されているのだろう。

「そういうものなんですね…。───ところで、あちらの大きい建物は?」

 リーファは町の北に向かう道の、大きな建物に目が行った。

 レンガ造りの建物のようだが、町のどの建物よりも広範囲に高く作られており、美しい青い丸屋根のてっぺんには赤い旗が掲げられている。物見の塔やバルコニーなどがちらほら見られるから、どことなく城のような印象がある。
 出入りはそこそこあるようで、入口に人の影がちらほら見られた。

 建物に続く道を歩きながら、姉さんはガイドのように説明をしてくれる。

「あれは代々の町長のお屋敷兼役場ね。
 ここら辺は五百年位前は小さな国だったらしくて、その時は王様の城だったとか」

 ここに来てから何度目かの吐息が零れた。ラッフレナンドの建国よりも、ずっと昔からこの土地はあるようだ。

「…歴史のある土地なんですね…」
「当時の建物は、戦争でほぼ焼失してしまったらしいのだけどね。
 でも設計図が残っていて、土地の人たちが頑張って再建したそうよ」
「見た所、魔術による補修や補強もされていないようですけど………ダメになったら都度補修してるんですか?」

 リーファの質問に、彼女の表情がほんの少しだけ翳る。

「魔術の補修補強は、後に続く魔術師がいないと成り立たないから…。
 中央に魔術師を集めているこの国では、一地方に魔術師を据え置く事はほぼ不可能なの。
 その代わり、地方では魔術に頼らない技術が発達していくのだけどね。
 この町のレンガ職人は、腕が良いと評判なのよ。レンガもここで作ったものは、二百年は軽く持つと言われているわ」
「なるほど………他の国は、ずっと魔術が発達していると思ってましたけど…。
 頼らない生活をされている土地もあるんですね…」

 言いながら道を歩いていると、大通りの光景が開けてくる。