小説
捨てられたもの、得られたもの
 リーファはふと、サークレットを見てある事に気が付いた。

「…でもこのサークレット、カールさんが作っていたものよりも性能が良いような…?宝石も、こんなについていなかった気がするんですよね…」
「ああ。上等兵もそんな事を言っていた。『恐らくターフェアイト師が手を加えたのでしょう』、とな」

 試しにサークレットに魔力を通してみると、中央のターコイズと周囲の宝石が鈍く光を放つ。同時にリーファの魔力が、サークレットにぐっと引っ張られていくような感覚が起こる。

 ”道の数”が増えるという事は、そこへ通す魔力もより多く持って行ってしまう事になる。
 ”総量”が多くない者に”道の数”を一気に増やす補助具を与えても、補助具に魔力を持って行かれてしまって気絶、なんて事だってあるのだ。

(思ったよりも魔力が持っていかれる…。”総量”は並み以上に持ってる、”道の数”が極端に少ない人の為の補助具みたい…)

 この手の補助具は、素質に合わせた調整をするはずだ。ターフェアイトが手直しをしたのなら、誰か特定の人物の為のものなのかもしれない。

「アラン様の呪いが解けたら出てくるようになっていたという事は、何か意味があるんだと思いますが…」
「何かとは?」
「そこまでは…ちょっと」

 結局答えが出そうになく、アランは吐息を零してリーファからサークレットを取り上げた。

「まあいい。いずれにしても国のものだ。
 私が預かっておく。必要になったら言え」
「はい、ありがとうございます」

 アランはサークレットを興味なさげに一瞥し、乱暴に放り投げた。ベッドの上を軽く跳ねて、サークレットは枕のすぐ側に転がり倒れる。

 続いてアランはあぐらをかき、リーファを指で手招いた。どうやらまだ寝る気はないようだ。

(もう少しで夜が明けてきそうだけど…寝なくていいのかな…?)

 リーファがアランの膝の上に座ると、彼はリーファの髪に顔を埋めて耳元に囁いた。

「それで?すぐに帰って来れそうか?」

 この会話は、ある意味休憩をしたと言えたのかもしれない。
 ようやくあちらでのやりとりを思い出してきたリーファは、甘えて来るアランの髪を梳きながら答えた。

「…姉さん…じゃなくて。姉弟子さんは、男の子を引き取って一緒に暮らしていたんですけど、最近難しい年頃になったみたいで。
 とりあえず苦手だという料理の仕方を教えて、落としどころが見つかればいいな、と思います」

 体をまさぐり肩にキスを落としていたアランが、怪訝な顔でリーファを見てきた。

「なんだそれは。魔術師としての問題ではなかったのか」
「そ、そうですね。私も驚いたんですが。
 私があまりに城にこもっているから、師匠が気にしたのかもしれないなと」

 アランは不満そうに唇をへの字に歪めている。

 リーファは、グリムリーパーとして活動する事は制限されているし、外出も許可制だ。今回だってアランの事情が絡んでいなければ、許可など下りなかっただろう。
 アランの為に城にいるのだから当然と言えば当然だが、部外者のターフェアイトからすれば、『もっと外を見ろ』とでも言いたかったのかもしれない。

 その辺りをアランも理解はしているようだ。文句を言う事もなく、リーファの額にキスをした。

「…まあいい。火急の用件ではなさそうだし、そう時間はかからないか」
「頑張って早く帰ってくるようにします。
 …ところで、アラン様?」
「うん?」
「参考までに、アラン様はいつ頃反抗期になりましたか?」

 変な質問をされて、アランの愛撫が止まる。虚空を仰いで考え込んでいる。

「………反抗期、か………。
 十一の頃に兵士として過ごすようになってからは、周囲の全てを呪って過ごしたものだが…」
「…そ、そうなんですか…。苦労なさってますね…」

 そこそこ恨みのこもった告白をされてしまい、リーファも反応に困る。
 しかし、今まで何不自由なく王子として過ごしてきて、いきなり名を隠して兵士の身分に落とされたのなら、文句の一つや二つ出てもおかしくはないのだろう。さすがに状況が特殊過ぎて、参考にはなりそうもない。

「その位の子供なのか。その引き取った子というのは」
「ああ…そういえば年齢は聞いていませんでした。
 ええっと………身長は私の肩よりちょっと上くらいですね。
 声変わりはまだみたいです。まだまだやんちゃの盛り、という感じですよ」

 と言って、手でバンデの身長を示すと───アランの顔色が変わった。

「そんなに大きいのか………まずいな」
「え、まずい?───あっ、ぎゃぶ」

 脇を抱えられたと思ったら、リーファの体はあっという間にベッドの上へうつ伏せで倒される。
 押し倒してくるのかと思ったが、何故かアランはリーファの左足の”此岸の枷”を外そうとしていた。足を持ち上げアンクレットにキスをして留め具を外している。
 やがて、時間をかけずにいつもの甲冑が実体化してきた。

 ベッドの上で座り込んで混乱しているリーファに、アランは焦りをこめた厳しい目つきで命じてきた。

「リーファ。お前は今すぐあちらへ戻れ。そして身の安全を第一に考えろ」
「え?あの?はあ」
「ぼさっとするな。何かが起こってからでは遅いのだ」
「は、はい。分かりました。失礼します」

 アランの慌てた様子を見る限り、勘というよりは経験則のようなものなのだろうか。どうやらリーファ自身に危険が迫っているようだ。

 リーファは挨拶もそこそこに、ラッフレナンド城を後にした。