小説
捨てられたもの、得られたもの
 午後になっても、西の部屋の模様替えが続いている。
 元よりあった道具や書物は多くなかったが、家具の配置をバンデがこだわるものだから時間がかかっているようだ。

「別に繕わなくてもいいのよぉ。いざとなったらショール羽織るからぁ」

 バンデのものらしき本を抱えて、ちょっと厭味ったらしく姉さんが声をかけてきた。

「そんな事言わないで下さい、姉さん。
 バンデの反抗期も何とかなりそうですし、繕い物も今日中には片付きます。
 明日にはお暇しますから」

 リーファは、町で購入してきた布を使って、リビングルームで姉さんの服を繕っていた。
 雑に切られていた服の縁を切り揃え、ほつれないように三つ折り縫いをする。あとは、服の色に合わせた布で開いてしまった部分を隠し、一緒に縫っていく。

 糸と針で丁寧に素早く縫っていく様を見下ろし、姉さんが悔しそうに唇を尖らせた。

「むぅ…当てる布がアクセントになって見栄えがいい。悔しい…」
「レースを当てるのも可愛いと思うんですけど、そうすると胸元が透けて見えて本末転倒になってしまうんですよね…。
 もう一枚透けない布を重ねてもいいんですが、そうすると重くなってしまうかなって」

 姉さんは空いた椅子に本を積み上げ、布や裁縫道具が置かれたテーブルの縁に腰掛けた。足をぶらつかせ、不貞腐れている。

「リーファはいいわね。何でも出来て。きっと、一人暮らしも苦ではないのでしょう?」
「そんな事はないですよ。ここまでこなせるようになるのに、結構時間はかかったんですから。
 師匠の下に行かなければ、きっと家事はずっと下手だったと思いますよ」
「………お母さん、は?」

 深刻そうな声音で訊ねてくるものだから、つい顔を上げてしまう。見れば、ばつが悪そうに口元を押さえている姉さんがいた。
 変な誤解を与えてしまったようだ。リーファは半笑いした。

「ああ、母は全部ひとりでやってしまう人だったので、手伝いくらいしかしてなかったんです。そういうのって、あんまり身に付かないんですよね。
 母が亡くなってから師匠の所に行くまでの一年間は、毎日おたおたしてましたよ。
 学校は辞めて、毎日ヘロヘロになるまで仕事して。夜はひとりでメソメソしてましたし。
 アイロンでお気に入りの服をダメにしたのは、さすがに落ち込みましたねー」
「あ…そ、そうだったのね…」

 彼女から気まずそうな表情が消えていく。もっと酷い境遇なのでは、と勘違いしていたようだ。
 だが、代わりに別の事が引っかかったらしい。

「ターフェ様…。わたしが師事していた頃は、家事は使い魔にさせていたのに…」
「私の不出来な家事を見て、『そこから教えないと』と思ったのか…。
 姉さんには、早く魔術を教えたかったのか…。
 …でも、私がいた頃は臥せる機会がそこそこあったので、使い魔を作る余裕がなかったのかも知れませんね」
「そう…」

 ワンピースの胸回りの補修が終わり、返し縫いをして余った糸をカットした。ハンガーにかけて散っている糸を払う。

 壁にかけてあるフックには、既に補修が終わっている服が四着引っかけてある。今出来上がったワンピースも、同じようにかけておく。

「独りが苦手なのは、昔からなんですか?」

 彼女は少しだけ渋い顔をしたが、リーファの話も聞いたからか幾分か表情は柔らかい。

「そういう訳ではないのだけど………ひとりでいると、気持ちが不安定になる事があって…」
「それでバンデを?」
「…子供一人位なら、何とか養っていけるかなって思ったの…。
 男の子なら、きっと何もかも忘れるくらいに賑やかだろうから、って───」
「ひゃっほ〜〜〜いっ!」

 カッカッカッカッカッ…と軽やかに蹄の音を立てて、上機嫌なバンデが東の部屋から西の部屋へ走っていく。
 頭上に持ち上げている籐のカゴには、カードの束やボードゲームのパーツがいっぱい積みあがっているようだ。

「でも、そうよね…。敵討ちは別としても、バンデだって大人になれば…。
 素敵な女の子と一緒になって、いつか出て行ってしまうのよね…」

 バンデを眺めてそう呟く姉さんは、悲しそうでもあり、怯えているようでもあった。

(姉さんは、バンデの事をどう思っているのかな…)

 バンデは姉さんの事を、『他の男に取られたくない』『ここに帰って来たい』と思っている。
 しかし、姉さんがバンデに恋愛感情を持っているかは別問題だ。

 バンデだって、今は姉さんの側にいたいと思っていても、数年後はどうなっているか分からない。
 姉さんの言う通り、魅力的な女性と出会って、敵討ちを忘れて家を出て行ってしまうかもしれない。

 逆に姉さんだって、良縁に恵まれてバンデとの板挟みにあってしまうかもしれないが。
 何にしても、当座の姉さんの悩みを解消しそうな材料の持ち合わせはある。

「姉さん」
「…ん、何?」
「里親を探している使い魔がいるんですけど、興味はありません?
 師匠から『重宝した』と、太鼓判を捺してもらってるんですよ」

 にっ、と笑ったリーファを、不思議そうに彼女は見つめ返していた。