小説
叱って煽って、宥めて褒めて
 アランが待っていたのは西のキャビネットの側だった。確か、まだカールが手を付けていない場所だったか。

「上等兵。ラッフレナンド建国にまつわる魔力剣を知っているかね?」
「…愚問ですね。
 文字通り魔術師を滅する”魔術師殺しの剣”と、傷付けずに相手を屠る”刃無きコル=ワスターレ”でしょう。
 ”魔術師殺しの剣”は元々闇色の剣でしたが、魔術師の王を屠った際に虹色に輝く聖剣へと生まれ変わったとか。
 まさに新たな時代の幕開けを感じさせる、国の宝と言えます」

 アランの問いかけに言い淀む事無く答えるカールの姿は、品行方正で成績優秀な生徒のようだった。兵士も座学の授業があるし、こういう話も覚えさせられるのかもしれない。

 アランもアランで教師の様に満足げに頷き、側のキャビネットの上段を引いた。

「うむ、見事だ。
 そしてこれが───その、二振りの剣だ」

 引き出しの中は紺色のサテン生地で包んだ薄地のクッションが敷かれ、手前と奥に一振りずつ剣が寝かされていた。

 手前の剣は抜き身の長剣で、兵士達が持つような一般的なロングソードに見た目が近い。
 だが、剣身の半分辺りから折れて無くなっており、残っている部分も刃こぼれが目立つ。宝物庫に収蔵する物品にしては、余りに場違いな印象を受けた。

 一方奥の剣は、光沢を帯びた鉛色の鞘に収まった長剣だ。
 こちらもロングソードのようだが、手前の物よりも幅広で、鞘に金色の飾りが添えられており高級感がある。

 アランが奥の剣を取り出し鞘を抜いてみせると、カールから感嘆の吐息が零れた。

「おお………これが…何と、神々しい…っ!!」

 鞘から現れた剣身は、カールが言っていた通り虹色に輝いていた。
 その光彩は宝物庫の照明由来のものではなく、剣身自体が発している輝きなのだと分かる。緩やかに虹を帯びる様は、まるで生きているかのようだ。

「ですが、これって───魔晶石…!?」

 その輝きは、リーファも何度か見た魔晶石の輝きだった。触って確認せずとも、その溢れる魔力の流れは肌が感じ取ってくれる。

 どうやらアランはその言葉が聞きたかったらしく、静かに頷いてみせた。

「やはりそうか。
 生き物を死に至らしめる”死の石”が、魔力を蓄え虹色に輝く石に姿を変える…。
 いつぞやお前から聞いた時に、似た特性だとは思ったが…」
「し、しかし”死の石”は、あるだけで周囲に死を撒いてしまう。
 剣にあつらえる事はおろか、切ったものだけを滅ぼす加工など…」
「想像するしかないが…当時は、そういった技術があったのやもしれん。
 庭園の下には、”死の石”を魔晶石に変える部屋があっただろう?
 ちまちまと魔力をかき集めるより、武器に加工し切った者から魔力を奪う───そんな事を考えた者がいたのかもな」

 カールの懐疑にアランはそう返し、剣を鞘へ戻してカールに差し出した。

 アランの『じっくり見て良いぞ』という意図はリーファにも読めたが、さすがに伝説級の国宝を前にカールも尻込みしていた。
 しかし、憧れを前に心の疼きばかりは止められなかったのだろう。生唾を飲み込んで剣を受け取り、鞘から出してその造りに目を輝かせている。

 嬉々としているカールを愉しそうに眺めているアランに、リーファは複雑な胸中を零した。

「…剣製造の経緯を考えてしまうと、”聖剣”と言っていいかどうか考えてしまいますね…」
「いつの時代も、そういった後ろ暗い話はあるものだ。
 大体剣の製造理由など、生き物を殺す以外に理由はあるまい」
「…それもそうですね」

 伝説の一端が解明して、リーファは自分がほんの少しだけがっかりしている事に気が付いた。手品のタネが分かってしまったかのような、幽霊だと思ったら木の影だったかのような、不思議な気分だ。

(あんまり知り過ぎるのも、夢が無くなってしまうのよね…)

 しばらく剣を眺めていたカールだったが、どうやらターフェアイトと話していたらしい。剣を鞘に収め、アランにぎこちなく告げた。

「………当時、そういった技術はあの近隣では無かった、よう、です。
 厳密には、研究段階だったとか。師匠は、関わっていなかったようですが…。
 試作品は幾つかあったようですが、完成には程遠い出来だった、らしい、と…」
「…ふむ。”魔術師殺しの剣”は、革命の直前に建国の聖女が初代ラッフレナンド王へ授けたという。
 ただの町娘が調達出来るような代物ではないと思ったが…。魔術師王国由来のものでなければ、国外の名家の子女だったのかもしれんか」

 リーファは、もう一方の刃が欠けた剣を見やった。
 そっと握りの部分に触れてみて魔力の流れ方を確認するが、感触はただの鉄剣と変わらないようだ。

「もう一つの剣は普通の剣なんですね。魔力の痕跡も感じません」
「”刃無きコル=ワスターレ”は、城襲撃の最中、折れた剣に聖女が祝福を与え使えるようにした、と伝わっている。
 聖女が処刑されたと同時に、刃の欠けた剣に戻った、ともな」
「…そこまで貢献したのに、処刑されてしまったんですね…」

『戦争に理不尽は付き物』という、やるせなさから出たリーファの感想だったが、アランはそれを疑問と受け取ったらしい。

「…聖女処刑のくだりは、不明瞭な部分が多くてな。
 処刑理由、処刑方法、日時、埋葬場所などの一切が伝わっていない。
 同士であった者達から『魔女は排するべき』と話が持ち上がり、王の説得の甲斐なく処刑されてしまった、と表向きは公表しているが…。
 権威を手に入れた聖女が増長してしまい、止む無く殺した、などという説もある」

 恐らく国家の機密に近いだろう事実に、リーファは目を丸くした。

 リーファが昔聞いた建国の聖女の処刑は、”国内にいる最後の魔女として、国の平定を望んだ彼女が喜んで火に包まれた”という話だ。
 子供の頃は深くは考えなかったが、『火傷したって辛いのに、喜んで火あぶりになる人なんている?』と大人になってから思ったものだ。

「…ある程度話が誇張されてる、とは思ってましたけど…」
「そこまで秘匿とされているならば、むしろ聖女の存在があったのかも疑わしいのでは?」

 カールの疑問は尤もだった。
 建国の聖女の存在は、『国を想って自ら火あぶりになった彼女の為に、魔術師の存在を許してはならない』という戒めが込められているとも聞く。
 魔術師根絶を望む当時のラッフレナンド王が、意識改革を理由に聖女の存在をでっちあげていた、とも考えられるのだ。

 しかし、アランはその仮説を否定した。

「それが、どうやら聖女自体はいたらしいのだ。
 初代ラッフレナンド王が、”ラファエラ”という名の女性を想った手記を綴っていてな。
 どうやら彼女に懸想をしていたようなのだが…。
 ………何と言うべきか。あの血を受け継いでいるのか、と思うとな………」
「「…?」」

 眉間にしわを寄せて悩ましげに唸るアランを見て、リーファもカールも怪訝な顔をした。

(…あ、で、でも、ラッフレナンドの王族って、結構怖い人がいるのよね…)

 ジリッ───と怖気に近い嫌な感情を覚えると同時に、以前聞いた王家の逸話を思い出す。
 ”残虐な女狂い”とまで言われた王もいたと言うし、初代も似たような嗜好があったのかもしれない。

 リーファとカールとで反応に困っていると、アランは咳払いを一つして話を戻した。

「…話が逸れたな。
 何にしても、それが発動体に使えないものかと思ったが…」

 アランの提案に、リーファは唸り声を上げた。
 確かに”魔術師殺しの剣”であれば、発動体として使えなくもないが。

「魔晶石は、中の魔力を使い切ってしまうと塵になってしまいますからね…。
 発動体みたいな使い方でも、魔力を通す事で少しずつ劣化していきますから…」
「国宝中の国宝が消失すれば、退位で済む問題ではなくなります。オレは反対です」
「…そう、か。それも、そうだな…」

 カールから返って来た剣を受け取り、アランはしょげながらもふたりの意見を素直に聞き入れたのだった。