小説
叱って煽って、宥めて褒めて
「”アムギーネ・フォ・エルサエルプ”は、邪教団アブコントゥ壊滅の使命を帯びた聖騎士”リーファ”の苦難の物語である!
 という事で、まずは聖騎士”リーファ”の人物像の紹介から始める!」

 こちらの気持ちを余所に、さっさと発表を始めてしまうカールへ、リーファは慌てて声を上げた。

「あ、あの、カールさん!その感想、私が聞かなきゃダメなんですか!?」
「堪えてくれ側女殿!これは、忍耐と集中力の訓練なんだ!
 至らないオレに課せられた師匠の試練なんだ!!」

 カールの課題の正体に、リーファのこめかみに青筋が浮かび上がった。

(あ、あんの、クソ師匠…!)

 分かってはいたが、やはりターフェアイトの仕業だったようだ。
 忍耐と集中力の訓練になるかはさておき、弟子達が困る様が見たくて課題を押し付けたらしい。
 きっとターフェアイトは今、カールのネックレスの中で大爆笑しているに違いない。

 ふと、カールがプレートアーマーを着込んだ理由を考えた。
 最近は、以前よりもずっと素っ気ないなと思ってはいたが。

「………その、顔は見せてくれないんですか…?」
「………………何事も、段階というものが、ある」
「あ、えっと。なる、ほど…」

 どうやら視線を合わせたくなくて、フルフェイス型の兜をかぶったらしい。プレートアーマーまで着たのは、バランスを考えたのだろう。

(まあ…発表する事考えたら、普通は顔合わせるの気まずいよね………可哀想に)

 同じ立場だったら、と考えたら、カールの心境が手に取るように分かるというものだ。

 師匠に振り回されているカールに同情していると、リーファの頭上から唐突に声が上がった。

「───上等兵」

 アランはテーブル上の洋紙をずっと見ていたらしい。洋紙に指を向け、カールに問いかけた。

「この聖騎士”リーファ”の人物像だがな。
 ”清楚、慈愛、長身、豊満、三十歳代”と言うのはどういった根拠だ?
 文章を通しても、それらしき記述は無かったと思うのだが」

 ギチリ、とプレートアーマーを軋ませ、カールはアランに体を向ける。その動きは緩慢で、嫌々な感情がありありと伝わってくる。

「…いたのですか、王よ。
 側女殿にしては随分悪趣味な椅子だな、とは思いましたが。
 これはターフェアイト師の弟子同士の課題なので、出て行って頂けますか?」

(わお)

 先程の取り乱した姿はどこへやら。カールは、リーファすら心中でびっくりする程の悪態をつく。
 本来ならば懲戒解雇相当の暴言だが、アランは愉しそうに口の端を吊り上げた。

「いやいや、そうはいかぬ。この本は、私もリーファを通して知っている。
 私が思い描いていた聖騎士”リーファ”は、”淫乱、小柄、痩身、二十歳前後”と思っていたものだから、その根拠が聞きたいのだ」

(ちょっ…?!)

 誰かと重ね合わせたような人物像に、リーファは抗議の声を上げようとした───が、アランの手がすかさずリーファの口を塞ぎ、封殺してしまう。

 リーファが文句も言えない中、アランを鼻で笑ったカールは得意気に自説をまくし立てた。

「ふっ、読んで考察するのと、ただ聞くのとでは、認識に差が出るも然りでしょう。
 オレは冒頭の、妹分と抱き合って別れを惜しむ所で”リーファ”の包容力を感じました。
 文面の先に光景を見ましたとも。彼女には、十代、二十代の小娘では為しえない母性がある!
 それに”リーファ”が性に乱れてしまうのは、司祭に刻まれた浄化の紋の作用によるものです。彼女の性分とは関係ない」
「ふふん。まだまだだな、上等兵。
 体つきが出来上がった三十路過ぎの女が、調教の末に”邪神の花嫁に相応しく成熟した”などと表現されるものか。
 そもそも、旅人ティムに劣情を抱き独り慰めるような”リーファ”が、果たして清楚と言えるのか?」

 アランも負けじと反論している。持論を押し付けたいカールと違い、アランは共通の話題で会話を楽しんでいるようだ。

(私の名前で楽しまないで欲しいんだけど…!)

 アランに捕まってしまったリーファは、もう虚無の境地で場が収まるのを待つしかない状態だ。

「あれはまさに、邪神ティエホムに繋がる伏線でしょう。
 彼の内にある邪神の魂に”リーファ”の紋が反応してしまった、と見るべきです。
 …と言うか、名前が一緒だからと、側女殿を重ねるのは如何なものかと思いますが?」
「そちらこそ、ターフェアイトに無理矢理重ねるのはどうかと思うがな?」
「オレは…!別に師と重ねている訳では…っ!」
「ふむ。ならば………メイド長あたり、か?」
「えっ、なっ…!?」

 どうやら架空の人物設定から、自身の好みの女性を的確に当てられてしまったようだ。カールは、心の動揺に沿ってプレートアーマーをギシリギシリと軋ませた。

 まさか当たるとは思ってもみなかったのだろう。アランは目を細め、ご機嫌に笑う。

「ふっははは。おやおや、これはこれは。なぁるほどなあ…」
「は…話をはぐらかさないで頂きたい!!
 オレはただ、側女殿以外でモチーフを探しただけで、深い意味は───」
「いやいや、分かるとも。
 シェリーは、あの年代の男共にとっては高嶺の花でなあ。
 名前を覚えてもらう為、皆、血眼になってアプローチをしたものだ。
 今でこそとうが立ったが、”腐っても鯛”と言うべきか。
 美貌に陰りはあれど、まだ当時の一端は辛うじて垣間見えると───」
「何、を───」
「ん?」

 カールの雰囲気に変化が生じ、アランは勿論リーファも彼に目を向けた。
 彼が着用しているプレートアーマーが、全体的に小刻みに震えていたのだ。

 黙して微細な揺れを繰り返している様子は、不具合を起こして挙動がおかしくなっているリビングアーマーのようにも見えた。
 しかし、次の瞬間に振るわれた長広舌で、カールが怒りに打ち震えていたのだと気付かされる。

「何を馬鹿な事を!
 メイド長殿は、今がまさに全盛期なのだと、何故分からないのですか!?
 陰りを帯びた面差し!荒れた肌を化粧で覆い!隠しきれない精神的不調を何とか律する御姿!!
 昨今はお手入れの甲斐あって、幾分かマシになってきているようですが!
 でもオレは、必死に若さを保とうとしているひたむきなメイド長殿が良いのです!!!」
「ん?む、うん。そう、か。
 ………そう、だな………?」

 共感しようと話を逸らしたようだが、思っていた以上に趣味が合わないと気が付いたらしい。アランは困惑した様子で、カールの主張に相槌を打っている。

「女性は!ただ若ければ良いというものではないのですっ!
 確かに、若い女性はただそれだけで魅力的かもしれませんっ!ですが───!!」

 年上好きと思われるカールは、本当に魅力的な女性の年齢を滔々と語り出す。ガッションガッションと身振り手振りで自説を主張するカールは、官能小説の感想会などよりもずっと熱意に溢れている。

(………戸棚の整理、したいなー………早く終わらないかなー…)

 口元を解放したアランの手は、落ち着かない様子でリーファの背中を撫でている。
 何となく助けを求めているようにも思えたが、生憎カールを止める方法はリーファも心当たりがなかった。

 ◇◇◇

 結局カールの主張は、駆けつけたシェリーが繰り出した足払いによって終了する事になった。

 シェリーに踏みつけられているカールが、心なしか嬉しそうに見えたが、リーファは深く考えない事にした。