小説
血路を開け乙女もどきの花
 周囲の草木を焼き払い地面を抉った魔力砲の痕跡は、アロイスの一団から第二中隊の最前線まで一つの筋を築いていた。終端は広範囲に大きく抉れており、余波によって左右後方まで焼け野原が続いている。

 第二中隊の志願兵達は、あちらこちらに散らばって倒れ伏していた。二十メートル程後方に転がっている者もいる。立っている者はいないが、呻き声を上げながらも懸命に身体を起こす者は少なからずいた。

 ふと、後追いで聞こえた鳴動が気になり、魔力砲の射程の延長線上へ目を向けた。平原の遥か向こうにある山脈に、煙が立ち昇っている。

(アロイスの一団との接触前に、あんな煙はなかったはずだ。
 逸れた魔力の塊があんな先に着弾したと言うのか…?!)

 恐らく盾分隊は、受け止めきれないと判断して魔力障壁を斜めに傾けたのだろう。魔力の塊は斜め上へ射出され、その勢いで地面が粉砕。弧を描いて山脈へ着弾したのだ。

「「「う、うわあぁああぁああぁあぁっ!?」」」
「ああっ、おい!勝手に動くんじゃない!!」

 状況が把握出来るようになった途端、周囲から一斉に悲鳴が上がる。満身創痍の第二中隊からも、運良く無傷でいられた第一中隊からも、兵が恐れをなして次々と離脱して行ってしまう。
 スハルドヴァーが慌てて呼び止めようとするが、彼らは聞く耳持たず、蜘蛛の子を散らすように戦場から離れて行く。

(…無理もない、か。綿密に作戦を練り、最善に向けて訓練をこなし、勝てる戦だと息巻いてここへ来たのだ。あんな暴力をぶつけられれば、誰だって怖気づく)

 だが、恐慌は討伐隊だけでは済まなかった。
 アロイスの一団の中にも、その魔力砲の余波によって被害を受けた者達がいたのだ。

 吹き飛ばされたのか、前面にいた槍歩兵達は平原に倒れ伏し、馬車馬や後方にいた騎馬すらも暴れており混乱しているようだった。鉄格子の中で暴れていた者達は臥しており、ぴくりとも動かない。
 あの魔術兵器がどういったものか、ついて来た彼らも聞かされていなかったのだろう。後方の者達の中にはこっそりと逃げ出す者までいる始末だ。

「へ、陛下」

 スハルドヴァーが困惑の表情をこちらに向ける。魔物との熾烈な戦いにも身を投じてきた歴戦の将にとっても、短時間で発生したこれ程の惨状は経験がないのだ。

 アラン達が今まで経験した多くの戦いは、基本的に防衛戦だった。
 魔物であろうとも、攻め入る拠点は極力無傷で奪い、再利用をしたいものだ。故に拠点そのものを破壊してしまう兵器は控えられ、兵同士のぶつかり合いが多かった。

 しかしこれは、人も施設も文化も、何もかもを飲み込んでしまう。
 互いに落としどころを見つける戦いなどではない。一方的に相手を蹂躙する破壊行為だ。

 戦う前から逃げるのは業腹だが、魔力砲を制圧しアロイスを捕縛するには、戦力も士気も足りなさすぎる。

「戦線を維持する事もままならんか…!
 止むを得ん。第二中隊の救助と共に全軍撤退だ!号令を出せ!」

 ───カンッカンッカンッカンッ、カーンッ!

 滅多にない陣鐘の五度打ち。全軍の撤退を示す合図に、動揺のまま動けなくなっていた兵達が顔を上げた。

 第一中隊は分隊ごとに、大量の負傷者が出た第二中隊の救助へ向かう。逃げ出してしまった兵まではどうしようもないが、出来る限り兵を回収しておきたい所だ。

「…陛下、参りましょう」
「…う、む」

 歯がゆい思いだが、救助は兵達に任せるしかない。
 仕掛けてきたアロイスの一団も混乱しており、魔力砲による追撃にはかなりの時間がかかるようだ。退くならば、今しかない。

 アランは手綱を引き寄せ、怯えを見せている馬の顔を根拠地方面へと向けた。班員達と共に、街道を走り出す。

「ふ、ふふっ…ふははははははははははっ───!」

 アロイスが箱馬車から出てきたのだろうか。兵の呻き、馬の嘶き、大地を踏み鳴らす軍靴の音に混じって、まだ年端も行かない少年の哄笑が、いつまでもアランの耳に残り続けたのだった。