小説
お節介は日常を遠のけた
 場は相当に混乱しているようだった。その情景に、リーファは息を呑む。

(ここは、さっき来た…)

 アラン達を追って、本城の真裏にある勝手口を出る。どうやら行く先は、城壁内に作られた監獄のようだ。
 地下の監獄へ通じる扉から医者と思われる人達が悲鳴を上げ、慌てた様子で出てくる。
 出る人間がいなくなり、アラン達に続いてリーファも扉に入り階段を降りていった。

 階段を降りた先は左右に牢の並ぶ石畳の廊下が広がっているのだが、目的地はそちらではないらしい。正面にある開け放たれた扉の方へと、彼らは入っていく。

 丁度本城の真下にあたるだろうか。
 その先に広がっていたのは、本城の半分位はあるのではないかという広大な大部屋だった。

(これは───?)

 何に使われていたかは分からないが、少なくとも墓地ではなさそうだった。
 階下は広場のようだが、あまりに胡散臭い大部屋の中央にベッドが置かれ、老人が眠っている。

 恐らく男性だろう。頭の毛は殆どなく、豊かな顎髭を蓄えた細面は土気色に染まっている。
 衣服は身に付けておらず、痩せ細った体の至る所に管が取り付けられ、申し訳程度にタオルケットがかけられていた。

 管は、その周囲にある巨大な水槽と繋がっているようだ。
 十個あり、中にうっすらと人のような影が映っている。ぴくりとも動かず、生きていないような気がした。

 床には複雑な魔術陣が書き込まれ、青白い光を放っていた。魔術的な儀式らしいが、遠目にはこれ以上の事は分からない。

「「「げっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ…」」」

 光景も十分異様だが、問題はベッドの上にあった。

 老人の真上に、白くぼんやりとしたしゃれこうべが笑い声を上げている。
 大きさは老人が眠るベッドよりもふた回りは大きい。声は部屋中に反響して、耳に不協和音を響かせる。

 そして笑い声に呼応してか、壁の至る所から白い光があふれ出し、しゃれこうべの口に吸い込まれていく。
 緩やかにだが、白い光を吸収したしゃれこうべが膨らんでいるようにも見えた。

「大亡霊…?!」

 あるはずのないものを見て、リーファが思わず声をあげた。

「アラン殿下ー!」

 広場とこの廊下を繋ぐ階段を駆け上がる人影がアランを呼んでいた。エリナだった。

「エリナ。何があった?何だあれは?!」
「それが分からないんですー。
 夕方頃から急に白い光る玉が集まりだして、作業を続けてたら陛下の体からあんなでかい化け物がー」

(あの方が陛下…)

 リーファは、ベッドの老人を今一度見下ろした。

 王族は、一般市民のリーファが目にする事などまずありえない。
 視察などで頻繁に動いているアランは、知名度の高さも相まってどんな容姿なのかはある程度知られていたが。
 王、王妃、その他親戚の方々ともなると、多くの市民は『名前は知っているけど、どんな見た目や人柄かはさっぱり分からない』と答えるだろう。

 そんなこの国の超重要人物が、庶民のリーファの眼下で臥せっている。奇妙な感覚だった。

「私、が…」

 リーファがうっかり口走った言葉は、アランの耳に入ったらしい。
 アランはリーファを一瞥して、上のフロアに上がってきたエリナに声をかけた。

「ここは私達が何とかする。エリナ。一旦避難しろ」
「…は、はあ。分かりました…」

 この状況をまとめられるとは思わなかったのだろうが、命じられた以上引き下がるしかない。エリナはアランに一礼して、出口の方へと走って行く。

 アランはエリナを見送って扉を閉め、リーファを厳しく睨みつける。

「どういう事だ」

 アランに見つめられ、たまらず目を逸らす。説明をするべきか、躊躇われる。
 しかし、嘘は見破られるのならここで黙秘する事に意味はないはずだ。ぽつりぽつりと、リーファは話し出した。

「…魂は、グリムリーパーに救済を望む為にああやって具現化するんです。
 個々の魂はとても小さいんですが、救済されずに年月が過ぎると、他の魂を食い漁って大亡霊化します。
 私が城に来た事で、魂達が反応して具現化したのは分かるんですが…。
 あそこまで大きい亡霊は見た事がありません。
 …一体、ここで何があったんですか?」

 リーファからの問い質しに、アランがしばらく考え込む。

 大亡霊は高笑いを上げ続け、他の魂を吸収して一回り、また一回りと大きくなっていく。

 どれほど待ったか。アランの重い口がようやく開いた。

「…陛下の命を、囚人の命で繋いでいたのだ」
「アラン?!」

 ヘルムートの非難が部屋に響く。

 アランは従者に構わず、苦々しげに話を続けてきた。

「一年前、王は病でこん睡状態に陥った。
 あらかた手を尽くしたが、医師達は持って半年だと告げた。
 王の子供や縁戚は多くいるが、いずれも王太子の権限を持たされていない。
 何としても目覚めて頂き、誰かしらに王位を譲って頂く必要があった。
 …そんな中、城の禁書庫から延命に関わる魔術儀式の方法を記した書物が見つかったのだ。
 我々はもう、それにすがる他はなかった」

 アランの説明に、リーファは目を細めた。

 このラッフレナンドは、前身の魔術師王国を打破して建国した経緯がある。

 初代ラッフレナンド王は建国後、民を不当に虐げてきた魔術というものを徹底的に排除。
 その結果多くの魔術師、魔術に関わるものが近隣諸国に散逸したと言われている。
 そんな”魔術師嫌い”の国の中心に魔術の資料があるというのはなかなか衝撃的だが、扱いに困る物品というのは大なり小なりあるのかもしれない。

「…でも、目覚める事はなかったんですね?」
「そうだ」

 リーファは大亡霊をちらりと見やる。

 どれ程の魂を喰らったかは分からないが、ラッフレナンド城内外で死罪になるような罪人がそう多くいるはずはない。
 軽微な罰であってもここに連れ込まれ、生命維持の材料にさせられた者もいただろう。
 もしかしたら、リーファも同じようにあの水槽に放り込まれていたのかもしれない。

(父さんは、『城にいる魂は城下に降りてくるから行かなくていい』って言ったのに…話が違う…!)

 今はいない父を、心中で恨んでおく。
 もっとも、魔術儀式が原因でこうなったのかも知れないから、一概に父が悪いとも言えないのだが。

「儀式の内容は知りませんが…。
 あの様子だと、こん睡状態が始まった段階で魂が出てしまったのだと思います。
 そんな状態で延命をしても、魂はもう戻りません」
「何とか…何とか、生き返らせる方法はないのか…?」

 アランの言葉に苦悶が籠る。
 一縷の望みをかけて禁断の魔術儀式を行っただろうから、ここまで来て現実は受け入れがたいのだろう。

「体が万全になっていても、魂が肉体に戻れる程の力を持っていないんです。
 ああなった以上、魂を刈り取るしか───」

 剣閃のきらめきが、リーファのすぐ目の前を掠める。アランが抜剣し、リーファの首元に添えられた。

「…私を殺しても………この状況は、変わらないんですよ…?!」

 剣先に震えながらも説得の声を張り上げる───が。

「!?」

 次に起こり得る異変に、リーファはベッドの方へ顔を向けた。
 集まり続けた魂が、ぴたりと現れなくなったのだ。

(───まずいっ!)

 意を決し、剣の腹を掠めてリーファはアランを突き飛ばした。

 どんっ!

「ぐわっ?!」
「ぎゃっ!?」

 まさか接近するとは思っていなかったらしく、ヘルムートもろとも、廊下の先へ押し飛ばされた。そして。

 ごばっ───!

 直後アランのいた場所に、大亡霊から放たれた亡霊の群れが駆け抜けた。

 リーファもすんでの所で避ける。
 直撃は免れたもののその圧に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。