小説
お節介は日常を遠のけた
「く、う…!」

 背中に走った痛みに顔をしかめ、リーファは次に備えて大亡霊を見据えようとする。
 しかし打ち所が悪かったのか、視界がぐるりと回転してしまった。起き上がる事もままならない。

「く、っそ!」

 口汚く吐き捨てて、肉体を置いたままグリムリーパーのリーファが抜け出す。手の中に巨大なサイスを携える。

「な、何なんだよ、今の?!」
「亡霊は生きた人間の生気を奪います!逃げて下さい!」
「そ、そんな事言ったって…!」
「陛下を置いていける訳がないだろうが…!」

 反対の壁に、リーファと似たような体勢から起き上がろうとアランが声を上げる。

 そんなヘルムートとアランを囲うように亡霊達が徘徊しだす。

「「───イタイ───イタ、イ───ニ、クイ───」」
「「───タス…ケテ───ユル…シテ───」」
「「───コワイィ───ヤメテェ───」」
「ひっ───」

 儀式の材料にされた人間達だろうか。

 亡霊達の怨嗟の声に、ヘルムートの表情が恐怖に歪む。護身用の短剣を抜剣して振り回すが、亡霊達は剣を素通りするだけだ。
 アランに至っては剣を落としてしまって回収もできていない。

「ああ、もう!」

 グリムリーパーが身を翻し、ふたりを囲む亡霊をサイスでなぎ払うが、寸前の所でサイスをかわして散り散りになる。

 アランとヘルムートに背を向け亡霊達に向き合いながら、グリムリーパーが吠えた。

「だったら今決めて下さい、殿下!
 あなたの言う王陛下とは、王陛下の体の事ですか?それとも魂ですか?!」
「………………体、だ」
「え、うそぉ」

 予想外の答えに、亡霊を捌きながらグリムリーパーがたまらず突っ込む。

 腰が抜けてしまったのか、アランは座り込んだまま目の前のグリムリーパーに叫んだ。

「こんな状況で嘘を言ってたまるか!陛下の体さえ動けばそれでいい!」
「…あー、僕も、多分同じ答え言うかなあ…」

 ヘルムートもまた、何か思う事があるのかぼやいている。

(本当に”王”の枠が戻ればいいだけなんだ…)

 ふたりの反応を交互に見て、グリムリーパーは悩ましげに唸った。
 確かに王が不在なのは不安だろうが、それはそれとしても親子としての情も多少なりともあるだろうと期待していただけ、ちょっと物悲しい気持ちになってしまう。

「………………ま、まあ、家庭の事情って、それぞれありますよね。
 魂って言うと思って期待したんですけど…分かりました。その方が楽ですし」

 複雑な気分になりながら、グリムリーパーは床に落ちたアランの剣を拾い上げた。
 柄に力を込めると、青白い炎が刀身に燃え広がる。彼女はそれをアランに渡した。

「それで亡霊とちょっと遊んでて下さい」
「お前はどうする気だ」
「殿下が言ったんですよ。後悔しないで下さいね」

 ヘルムートの持っていた短剣にも青白い炎を与え、グリムリーパーは柵を越えて階下へ飛び降りた。

 ふたりはグリムリーパーの姿を目で追いかけていたが、生気を求めてくる亡霊達が寄って来た為慌てて応戦しだした。
 彼らが剣を凪げば、青白い炎に触れた亡霊は悲鳴を上げて力のない魂に変じて行く。どうやらあちらは問題なさそうだ。

 グリムリーパーは正面を仰ぐ。
 いまだ老人の頭上で笑い声を上げる大亡霊を前に、サイスを構えた。

「”臨みなさい。全ての苦しみを解放する為に。自身の心に問いなさい。
 全ての事象はすべからく形はなく、故に生まれる事も死ぬ事もなく、穢れる事も清らかになる事もない。
 想いも叡智も、見るも聞くも、それら全てを受け止める意志すらもない。
 知もなく識もなく、老いる事も死ぬる事も老いぬ事も死なぬ事もない。
 苦しみすら、起こりも終わりもない”」

 嘲笑すら浮かべていた大亡霊が、詠唱によって顔をしかめ、苦悶の声を上げ始めている。

 ごばっ───!

 詠唱を妨害しようと放った亡霊の渦を、グリムリーパーはサイスで事もなげに受け止め薙ぎ払う。
 そして渦の霧散と同時に、大亡霊へと走り出した。
 サイスの刃に青白い光が宿り、その腹に文字のような複雑な文様が浮かび上がる。

「”知る事も得る事もないが故に、あらゆる妨げはなく、恐れるがない故に、安らぎがある。
 臨みなさい。彼の先へ。往きて往きて、その先に立ちなさい。
 其処にあるものが全て。悟りそのものである。───成就せよ!”」

 刃が煌く。グリムリーパーの体が床を跳ね、サイスを振り上げる。

 ───カッ!!!

 振り下ろされた刃によって、大亡霊の頭が真っ二つに叩き割られた。

「「「お・お・お・お───」」」

 サイスによって割られた所から青白い光が漏れる。
 亀裂の周囲にもヒビが入り、驚愕している大亡霊の形を崩していく。

「「「ぎ・え・え・え・え・え・えーーー!!!!!」」」

 部屋を埋め尽くすほどの閃光を撒き散らし、大亡霊は悲鳴と共に粉々に砕け散った。

 散り散りになった魂は渦となってグリムリーパーの周りを巡り、腕を上げた彼女の手甲の宝珠に吸い込まれていく。
 混ざり、絡み、合わさり、溶けあって、罪人の魂も、そうでない者の魂も、平等に回収されていく。

 ───そして。

 けたたましい笑い声も、暴風のような亡霊の塊も、埃の落ちる音すら聞こえず、部屋には魂一位すらいない。

 ベッドに横たわる老人に生命を注ぐ管の音だけが、場を支配する。

 悪夢のような騒動は、グリムリーパーによって恙なく片付けられたのだった。

 ◇◇◇

 グリムリーパーとしての務めを終え、彼女は手の中のサイスを手放した。サイスは光を纏い、弾けるように消え失せる。

 アランとヘルムートが、階段を使って階下を降りてきた。
 ベッドの側に立つグリムリーパーに、ヘルムートが声をかける。

「…終わったの?」
「…はい、概ね」
「陛下の魂も、消えてしまったよね」
「はい」

 アランはグリムリーパーに近づき、胸倉を乱暴に掴む。
 グリムリーパーの体は容易く宙を浮き、不機嫌に睨むアランと視線がかち合う。

「…どうするつもりだ?これでもう陛下が生き返る事はない」

 グリムリーパーは、はあ、と溜息をつくと、その体を非実体化した。
 半透明になったグリムリーパーの体がアランの手からすり抜け、石畳に着地する。
 悔しそうに歯噛みしているアランから離れ、ベッドのタオルケットにそっと触れて。

「私も、こんな事はしたくないんです。殿下が決めたんですよ。
 ───腹括って下さい」

 諦めと決意を込めて、グリムリーパーはアランを睨みつけた。

 ◇◇◇

 ───それから数週間が経過した。某日。
 小国ラッフレナンド国に、新たな王が就任した。

 現王オスヴァルト王の第3子。名は、アラン=ラッフレナンド。
 新たな若き王の即位は、周辺諸国に祝福された。

 そして。
 正体不明の病から奇跡の生還を果たし、新王アランの即位まで精力的に活動した先王。
 オスヴァルト=ラッフレナンドの訃報が城下に知らされたのは、その一ヶ月後の事だった。