小説
子守歌は絵本の中に
 ラッフレナンド城の1階北側は、本城の中では裏手にあたる。
 その為倉庫扱いの部屋が多く、普段あまり人の行き来はない。

「陛下まで来なくてもいいんですよ?お仕事忙しいんですから」
「鍵は私の手元だ。開けたらすぐ戻る」

 人気がない廊下を、掃除用具を両手一杯に持ったリーファと手ぶらのアランが歩いていく。
 やがてふたりは、城の北西の角部屋の扉に行き着いた。
 金色の無駄に豪勢な鍵を使って、アランが扉の錠を外す。

 扉を開けた先に広がっていたのは、入口側の床に無造作に積み上げられた本だった。
 そして次に飛び込んできたのは、本が何冊か落ちた事で舞い上がった埃・埃・埃。

 リーファは口元を押さえ、思わず呻いた。

「うわあ」
「十年程前か、先王の命で秘密裏にある研究がされていた。
 お前も知っているだろう。延命の施術と称した、人の命を犠牲に他者の命を繋ぐ魔術だ」

 アランが淡々と語り出した魔術の事は、リーファも忘れようがない。
 あの一件に巻き込まれていなかったら、こうしてこの場に立っていなかったのかもしれないのだから。

「研究はしばらく進められたが、やがてそれは噂として諸侯らに知れ渡る事になった。
 批判を恐れた先王は、当時の責任者だった禁書庫の司書を首謀者として捕縛するよう命じた。
 司書は禁書庫奥の司書室に立て篭もったが…どうやら魔術的な封印が施されたらしくてな。
 司書室が開く事はなく、首謀者は捕らえられずにいた」

 ”魔術師嫌いの国”に魔術的な封印を施せる人物がいるというのも不思議な話だが、

(”禁書”を収蔵する部屋があるんだから、何が”禁書”なのか分かってる人はいるのね…)

 と納得してしまう。
 禁じるものを定める以上、見本となる物品や判断する人まで排斥する事は出来ないのだろう。

 部屋を恐る恐る覗くと、東側は本棚が列を成しており、西側は読書スペースらしく机や椅子が並べられていた。

「───それからしばらくして、この禁書庫自体に怪現象が相次いだ。
 本が飛び交う、奇妙な音が鳴る、子供の声が聞こえる。
 皆恐れて、ここを使用する事が出来なくなった。
 昨年、先王の延命の為に何とか資料を探させたが、怪現象は相変わらずでな。
 研究員が呪いを恐れて、出した本を放り投げていく始末だ」

 はあ、と溜息を吐いて部屋の中を覗くリーファを見下ろし、アランがにやりと笑みを浮かべた。

「専門家なら対処は可能だろう?掃除がてら、幽霊退治もしておけ。任せたぞ」

 どんっ!

「!?」

 いきなり背中を突き飛ばされ、リーファは受け身も取れずに床に転んだ。
 持っていたバケツやモップが派手な音を立てて禁書庫に転がって行く。

 ばたん!がちゃ!

 一瞬何が起こったか分からなかったリーファだが、扉を閉められ鍵がかかった音を聞いてはっとした。慌てて扉を叩く。

「え?!あの、ちょっと?!」

 扉の先にまだアランはいたようだ。どこか愉しそうにリーファに命じた。

「埃がこちらに流れてはかなわん。
 夕方になったら開けてやるから、それまでに済ませるんだな」
「夕方?!ちょ、今何時だと思ってるんですか!と、トイレどうすればいいんですか!」
「いつぞやみたいに漏らすなよ」
「も、漏らしてなんかいません!!」

 あらぬ嫌疑に必死の抗議をしたが、アランの返事が来る事はなく、足音は廊下の向こうへ行ってしまった。

「う〜〜〜〜〜〜…」

 しばらく扉を睨みながら唸るが、そんな事をしていても扉が開く訳ではない。
 リーファは溜息一つで早々に諦めて、改めて周囲を見回した。

 部屋の大きさは側女の部屋の倍はあるかもしれないが、立ち並ぶ本棚が部屋をより狭くしているようだ。
 読書スペースを見やると、長机は二つ、椅子は八脚あるが、うち一脚は足が壊れたのか床に転がっていた。机には一冊、本が開いたまま置かれている。
 十年放置でこの程度の老朽化なら、まだ良い方なのかもしれない。

「…さあ、やるか…!」

 身綺麗にしてもらったというのに埃だらけになってしまったのは残念だが、元々掃除は好きだし、ヘルムートの言う通りアランの膝の上に居続けるよりはずっとマシだ。
 頬を叩いて気合を入れて、リーファはまず転んだ拍子についてしまったスカートの埃を払い落とした。
 エプロンのポケットに入れていた二枚の三角巾で頭と口元を覆う。

 手始めに全ての窓を開けていくと、冷たい風が入り込み一瞬で部屋に新しい空気を注いでくれた。
 寒空が運んでくれる寒風にリーファも冷やされてしまうが、そんなのは家で掃除していても一緒だ。動いていれば温かくなるだろう。

(…天井の埃を落とそうか………でも積んである本は元に戻さないと、埃かぶっちゃうし…。
 多分決まった場所に置いてあったでしょうし、変な所に本は置けないよね………ううん)

 歩きながら今後の掃除手順を模索していると、西側の壁に扉を見つける。アランが言っていた司書室への扉らしい。
 装飾は城の扉と同じだが、至る所に剣で斬られたらしい傷が目立つ。ドアノブも外れかかっていて、十年前の緊迫感が伝わってくる。

(あれ…?ここ…)

 ふと、気付く。廊下を歩いていてなんとなく思ったのだが、禁書庫の広さと城の構造上、この扉の向こうに部屋は作れない。

 何となく興味に駆られてノブに手を置くと、意外とすんなり扉が開く。
 その先の光景に、リーファは思わず息を呑む。