小説
故人は時に生誕を言祝ぐ
 とある日の、ラッフレナンドの王城。
 おやつを食べ終えて程なく、ヘルムートが用事を思い出して席を外し、アランは独り執務室にいた。

 今日は予定していた引見者の数も少なく、会議もなかった。
 ここ何ヶ月か、王位の引継ぎだ、魔王領との国境の視察だ、見合いだ、と面倒事が多かったので、こう何もないと何やら落ち着かない。

(…そういえば、今日はあの小生意気な側女が執務室に来ていないな…)

 メイドに呼ぶよう言付けていたはずだが、執務室での仕事の間一向に来なかった事に、怒りよりも疑問を覚えた。普段なら、言わなくても顔を出して来たからだ。

 席を立ち、アランは執務室を後にする。

 本城の南側への廊下は珍しく慌ただしい。
 小走りで何かの荷物を持っていくメイドや召使達が見られた。

(…なんだ?)

 王である自分が何も知らないのに、下々の者達が落ち着かない様子。
 年齢の割りに気難しい顔をしているアランの眉間にしわが寄る。

 様子を見に廊下を歩いて行くと、上の階から大きな荷物を持って降りてくるメイド長の姿を見つけた。

「シェリー」

 名を呼ばれたメイド長は荷物を下ろし、自らの主に優雅に一礼する。

 彼女が一人で運んでいたのは、女性なら二人がかりで抱えなければならない程の大きさの円卓だった。恐らく3階の来賓用の空き室から持ち出したのだろう。

「御用でしょうか。陛下」
「何事だ、騒がしい」
「申し訳ありません、陛下。
 只今支度を整えておりますので、少々お待ち下さいませ」

(…支度?)

 シェリーの返事に、アランは怪訝な顔をした。
 今日は来賓はいないから、歓待の支度は必要ない。円卓まで持ち出す行事はなかったはずだ。

「何があった」
「いえ…特に何も?」

 愛想笑いを浮かべるシェリーだが、アランの藍色の双眸にはシェリーの体から黒い空気のようなものが漏れ出でているように見える。
 ”嘘つき夢魔の目”───アランが持っている、嘘を見破る才によるものだ。シェリーは明らかに嘘をついていた。

 だが付き合いの長いシェリーの事、アランがどう思っているかはよく分かっているはずだ。
 そしてこの場でシェリーを追求した所で、彼女が決して口を割らないだろうという事もアランは知っている。

「ならば………あれは今どこにいる?」
「あれ?………ああ、リーファ様ですね。
 今は側女の部屋にいらっしゃいます」
「そうか。ありがとう」
「…ところでアラン様」

 仕事中にも関わらず珍しく名前で呼ばれ、廊下を見やっていたアランがつい反応してしまう。
 こういう時は大概、一メイド長としてではない、幼馴染としての発言である事が多い。

「何だ」
「ちゃんとお名前でお呼びしましょうよ。『あれ』とか『それ』では、わたし達も困るではありませんか」
「それで通じるなら問題はないだろう。どうしようと私の勝手だ」
「まあ」

 あんまりなアランの返答に、シェリーは呆れたらしい。

 アランが階段を見上げ、側女の部屋へ向かおうとシェリーの横を抜けようとしたが。

 どがっ!

「!?」

 背中に大きな何かがぶつかってきて、アランは受け身すら取れず廊下にすっ転んだ。

 円卓の脚を掴み、今まさに『天板で後ろからどつきました』と言わんばかりの体勢でシェリーが微笑んでいた。

「あら、急に倒れられてどうなさいました?
 申し訳ありませんが、忙しいのでこれで失礼致します」

 彼女は優雅に一礼をして、円卓を持ってさっさと階下へ降りて行ってしまう。

「あのっ…不良女が…っ!」

 独り取り残されたアランは、吐き捨てながら体を起こす。背中を打ち付けた拍子に痛めたのか首がズキズキする。
 手すりを手がかりに、アランは体を引きずるように階段を上がって行った。