小説
故人は時に生誕を言祝ぐ
 謁見の間には、城に務めている多くの人が集まっていた。
 兵士・召使・医師・料理人・役人。ざっと見回しても百人以上はいるだろうか。
 外部の人間がいないのが不思議な位だが、これはヘルムートとシェリーの根回しによるものらしい。

(王の聖誕祭が陛下の誕生日って訳じゃないのね…)

 勝手な思い込みにリーファは人知れずはにかむ。
 よくよく考えれば、代々の王がいつも同じ日に生まれるのもおかしな話だ。
 城下には知られる事なく、現王は現王で自身の誕生日を楽しむものなのかもしれない。

 広間に点在する円卓には様々な食べ物が並べられている。
 ある程度カテゴリ毎に分けられているようで、デザートはデザートで一つのテーブルにまとまっているようだ。
 東の壁際にはスープバーが、西の壁際にはバーカウンターが設けられていた。

 乾杯のグラスは最初に配られるようで、メイド達が集まっている者達にグラスを渡して回っている。
 まだアランは来ていないというのに、既に飲み食いを始めている者もそこそこいる。
 皆時間を割いて顔を出しているだろうから、留まれる時間を考えているのだろう。

「主役が柱の影で見物かい?リーファ」
「エリナさん」

 参加者を肩で押しのけながら、がたいの良いエリナはいつもの愛想の良い笑顔を向けて近づいた。
 今日は派手な花柄のワンピースにエプロンを身につけ、所々汚れた白衣を羽織っている。
 彼女は、リーファにグラスを手渡した。ほのかに水泡のこぼれる黄金色のシャンパンだ。

「あんなの、陛下をパーティーに引きずり出す為の口実ですよ。
 それに、パーティーの合間に紹介とかされても困りますし」
「だあね」

 はははと笑って、リーファとエリナは早々にグラスを鳴らして飲み始める。
 そこに、白衣を着た壮年の男性達が集まってきた。皆、リーファの顔見知りの薬剤師だ。

「グエールリさん、フレンツェンさん、パウエルさん」
「やあ、リーファちゃん。今日も可愛いねー」
「やだー、パウエルさんったら」
「服がー」

 短い茶髪を刈り上げた垂れ目の男性チャド=パウエルに茶化され、リーファは頬を膨らませた。

「むう、知ってますよ、もう。
 …そういえば、バロッチさんは?」
「あいつは昨日から体壊して寝込んじまってなー」
「お前が徹夜で五連勤とかやらせるからだろうが、チャド」
「いやいや、ジルが作った新薬の試飲がまずかったんじゃね?」
「ハルトだって、城下への買出し頼んでたじゃねーか」
「それは、体壊しても仕方ないですね…」

 彼らのやり取りにリーファはげんなりした。
 今はいないフラミニオ=バロッチは、薬剤師の中では若手らしく、この三人にこき使われているらしい。
 悪びれもなく笑い合っている彼らを眺めていたら、グラスを空にしたエリナがにやにやしながら肩を叩いた。

「それはそうと、リーファ。もう試したかい?」
「?何がですか?」
「部屋にあっただろう?薬」

 そう言われ、リーファは引き出しの中に入れてあった幾つかの小瓶を思い出した。
 あれは昨日は引き出しになく、今日食事から帰ってきたら引き出しから出てきたものだった。
 城の薬剤師であっても、側女の部屋にはおいそれと入れない。
 恐らく、メイドを介して部屋に持ち込まれたのだろう。

「…あれ持ち込ませたのエリナさんだったんですか?さっき見つけて何かと思いましたよ…。
 文字全然読めなくて、陛下に読んでもらったんですから…」
「え?あーゴメンゴメン。昔の癖でつい兵士の暗号でラベル書いちまったね。
 まあついでだ。後で一覧表あげるから、あんたも暗号を覚えとくといい」
「俺達頑張ってこしらえたんだから、うまくやりなよ」
「精力剤は酒に盛っても味変わらなく出来てるからな」
「陛下は甘いもの好きだから、菓子に混ぜてもいけると思うぜ」

 男性薬剤師たちも、皆口々にリーファを応援してくれる。
 王の御子を生む側女の立場でありながら王に抱いてもらえてない事は、きっと色んな者達に知れ渡っているのだろう。
 完全な善意であり、彼らは当然の務めを果たしたのだろうが。

「あ、う、………が、頑張ります………!」

 それ以上何も言えず、リーファは勢いに任せてシャンパンを一気飲みした。

 ◇◇◇

 それから幾ばくかして、玉座の上階からアランとヘルムートが降りてきた。

 皆が皆会話を止め、玉座に在るアランの方へと向き直る。

 アランは着替え直したようで、白を基調とした正装を身に纏っていた。
 王冠やマントは身に着けていないが、立食するのに髪を下ろしたままでは不便なのだろう。左右で髪を編み込んでいる。
 若干不機嫌そうな面持ちで玉座まで降りてきたアランだが、口を開く頃にはいつもの鉄面皮に形を変えていた。

「…まずは、この忙しい中、皆の参加に感謝する。
 先王が崩御されてまだ日は浅く、かつて先王を補佐していた身とは言え、私はまだ余りに未熟だ。
 国の為民の為、常に最善を尽くしているつもりではいるが、皆に苦労をかける事もあるだろう。
 ───現在、魔王領の動向は鳴りを潜め、一応の平穏は保てているように見えるが、東方の国では飢饉が、南の国では干ばつの話も出ていると聞いている。
 我が国も他人事ではない」

 始まりの挨拶にしてはあまりにも無機質な話から始まってしまい、参加者からざわめきが聞こえてくる。

「皆には、今まで以上の苦行を、時には犠牲を強いる事になるやもしれない。
 だがその先に、この国と民の未来と繁栄があると、私は信じている。
 どうか皆、私に力を貸して欲しい」

 そして、アランは笑みを零す。
 日頃リーファに向けているような高圧的なものではなく、優しさを感じさせるようなものでもなく。
 そういう造りの仮面を被ったかのような、形ばかりの微笑みだった。

「前置きが長くなったが、どうか皆、今日のパーティーを存分に楽しんでいって欲しい。
 そして、出来うる事なら…またこのように、皆と飲み明かす機会があればと思っている。
 では───乾杯」
「「「「「───乾杯!」」」」」

 参加者から乾杯の声が上がり、パーティーが恙無く始まった。
 広間は賑やかさを取り戻していく。
 円卓の食べ物を皿に移す者、バーカウンターに足を運ぶ者、同僚と会話を再開する者など様々だ。