小説
故人は時に生誕を言祝ぐ
 日はとうに暮れ、星々が天上で囁きだした頃、パーティーは混乱もなく終了した。
 参加者の多くは仕事に戻るか帰路につき、メイド達は後片付けに追われている。

 皆が忙しくしている中、パーティーの主役であったアランは側女の部屋の前へ来ていた。
 手に持っている大皿には肉やら野菜やらポテトやらケーキやら、あらゆる食べ物が盛られている。早々に部屋へ戻った側女の為に、エリナ達がこれでもかと盛って寄越したものだ。
 無論、アランとしては持っていく義理など微塵もない。その為、皿に盛られていたケーキの半分は、歩いている途中にアランの胃袋に納まっていた。

 手についた生クリームを少し気にしながらも、ノックせずに部屋へ入る。
 部屋の中は灯りがついておらず、廊下の壁掛け燭台位しか部屋を照らすものはない。
 アランは手前のテーブルに大皿を置き、ベッドで規則正しく呼吸を繰り返している側女を覗き込んだ。

(エリナが『頭痛を訴えていた』と言うから来てやったが…)

 仰向けに眠っている側女の姿は、特に辛そうには見えなかった。
 心配など全くしていなかったが、あまりにも穏やかな表情だから安心を通り越して腹が立ってくる。

(…皿だけ置いて部屋を出るべきか。
 それともチキンを口に突っ込んで叩き起こすべきか)

 自分を煩わせた報いをどう受けさせるべきか考えていたら、視界の端で何かが動いた気がした。
 顔を上げ部屋を見回すも、暗いばかりでこれと言って変化は見られない。
 ならばベランダかと思い、ガラス戸に近づいた。

 側女の部屋は本城の西側にあり、ベランダの向こうは庭園が広がっている。
 人気は無いが巡回の為所々に灯りをつけていて、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
 その先には城壁がそびえ立っており、この3階からはラッフレナンド城を囲む湖を見る事は出来ない。
 しかし、湖を越えた先にある背の高い木々の先端は、辛うじて見えるのだ。

 風が舞い、庭園の灯りが生きているかのように揺れている中、青白い炎のようなものが林の先を横切るのを、アランは見逃さなかった。

(あの先は、確か…)

 再び側女に近づき、微動だにしない彼女の頬を手の甲で軽く叩く。
 ベッドの中の少女は、息はしているがまるで反応がない。
 かつての日々のように。

 ◇◇◇

 ラッフレナンド城下の墓地は、城下の北西にある。
 城下を建設した者は、墓地を遠くに追いやりたかったのかもしれない。
 墓地へ行くには城下を守る外壁の側の細道を抜けて行かねばならず、東側にある教会からはかなり離れている。
 柵も鍵もついておらず昼夜問わず出入りは可能だが、城下のどこからも遠い為か昼間であっても人の行き来は少なめだ。
 グリムリーパーとしては、その方がありがたい訳だが。

 規則正しく敷き詰められた石畳の上を、グリムリーパーのリーファは歩いている。
 こつ、こつ、と、墓地を隅々まで歩くその靴音に惹かれ、どこからともなく青白い魂達が現れて思い思いに飛び回る。
 時には子供の遊戯のように、リーファの元に寄っては離れていく。

 そんな魂達を微笑ましく眺め、リーファは側に在った一位の魂を手に取った。
 しばし手の中で転がして優しく口付けたかと思えば、口の中にそれを放り込む。

「何をしている」
「ぎゃーっ?!」

 特に可愛くもない悲鳴を上げた拍子に、リーファの口から魂がぽろりと落ちた。
 悲鳴に驚いた魂達は、蜘蛛の子を散らすようにリーファから離れて行ってしまった。
 恐る恐るリーファが振り返った先には、アランがいた。衣装はパーティーで見た時のままだ。

「陛下?!な、な、な、なんで、こんな所に…?」
「それはこちらの台詞だ………何をしている」

 入口の方に顔を向ければ、馬の嘶きが聞こえる。アランがやや息を切らしてきた所を見ると、慌てて来たようだ。

「あ…えっと、はい。魂の浄化をしに来たんです。
 お城に入ってから全く来ていなかったので…」
「ほう、それは私の誕生日にやる必要はあったのか?」

 腕を組み、アランは不満そうにリーファを睨んでくる。

(…何で私、怒られてるのかなあ…?)

 アランの行動について首を傾げるばかりだが、どうやらちゃんと答えないと納得してくれないようだ。

「た、誕生日は知らなかったんですから仕方ないじゃないですか。
 回収は、今夜空いた時間に行く約束を取り付けてたのもあって…」
「誰とだ」
「ええと…彼、ですね」

 そう言って、周囲を舞っている魂たちを示す。
 そのうちの一位がふわりとリーファの側に寄り添うと、その光を膨らませた。あっという間に青白く発光した男性の姿を形作る。

 白髪交じりの短髪をオールバックにまとめた初老の男性だ。
 燕尾服を着こなし、目元にはモノクルをつけている。髭が良く似合う、穏やかな雰囲気を漂わす紳士だ。

 その姿を見て、アランは肝を潰していた。

「エルヴィーン…?!」
「ご存じでしたか?」
「城で働いていた、執事長だ。お前が入る少し前に病気で亡くなった…」
「…昨夜、この方が私の所に来たんです。
 魂は普通、縁のある場所以外はあまり立ち寄らないんで、お城の関係者だとは思ってたんですが…。
 それでこの方が、『魂が増えてきているから何とかして下さい』と」
「…そう、か…」

 リーファは墓地をぐるりと見回した。
 具現化した魂の数は十や二十ではきかない。墓地の外側から見ても、この光景は異様に映るだろう。

「実際、魂が大分増えててちょっと危なかったんです。
 魂が大亡霊化するまで、誤差はありますが最短で二ヶ月位はかかります。
 大亡霊になるとグリムリーパーでも食い殺される可能性もあるので、それまでには何とかしないと、と思ってて…」
「…浄化にどれほどの時間がかかる?」
「え、あー…さすがにこの量は食べきれないので、一旦回収だけして後で頂く事になるかなーと。
 小一時間したら帰ろうかな、とは思ってたんですが」

 ははは、と笑うリーファを見て、アランは眉根を寄せて険しい表情をした。

「…待て。今何と言った?」
「え?…小一時間?」
「その前だ」
「一旦回収して、ですか?」
「器用に間違えるな。
 ………………魂を、食べると」

 神妙な顔をしているアランを見て、リーファは首を傾げた。

「はい。グリムリーパーは、魂を食べるのが仕事ですから。
 …言いませんでしたっけ?」
「…初耳だ」
「まあ、知ってても何の得もありませんからね。
 グリムリーパーは、魂を刈り取って、それを食料にして生きてます。
 私たちのお腹の中には、魂の安らぐ場所へ続く扉があると言われてるんですよ。
 実際グリムリーパーは用を足さないので、嘘じゃないと思うんですが…。
 ほんのり甘くて美味しいんですよ?
 あまり食べ過ぎるとお腹いっぱいになっちゃって、体の方の食欲がわかなくなっちゃうんですが」

 などと説明しながら、通りがかった魂を一位摘まんで口の中に放り込んだ。
 しばらく口の中に転がして甘さを味わい、噛まずに飲み込む。

 その様子を眺め、アランは悩ましげに顔を覆ってしまった。そこそこショックを受けたらしい。

「そういう、ものなのだな…。
 …時に、エルヴィーンは何故黙っているのだ」

 エルヴィーンは人の姿をしているものの、アランをじっと見ているだけで何の反応を示さない。

「多くの魂にとって、人の形を成す事は並大抵な事ではないんですよ。
 人の形を取ると成形だけで精一杯で、見聞きしたり、表現をする余力は殆どありません。
 声を出せても呻き声がせいぜいで、人を驚かせておしまい、になってしまうんですよね。
 …お話、されます?今のままだと無理ですが、私が力を貸せば出来ますよ」
「…頼む」

 先王オスヴァルトに未練はなかったアランだが、この執事長とは話したいと思うらしい。
 アランにとって身近な人がいた事に内心安心して、リーファは快く頷いた。

「はい。…さあ、お手をどうぞ」

 リーファが手を差し出すと、エルヴィーンが手を取る。
 グリムリーパーと魂に繋がりが出来て、エルヴィーンの姿形がより鮮明になって行く。
 やがて、虚ろに佇むだけの亡霊に驚きの表情が見てとれ、あちこちを見たり、声を上げたりし始めた。