小説
魔女達の呪い
「あの…あなたは…?」

 ヴァレリエの目線に合わせるようにリーファは跪き、胸に手を当てて頭を下げた。

「私はグリムリーパーのリーファと申します。あなたのような魂を浄化する務めを担う者です。
 ヴァレリエさん、あなたに聞きたい事があって来ました」
「…その、後ろの方々は…」
「はい。あなたが愛したルーカス王直系の子孫です」
「ああ…」

 どこか悩ましげに、しかし腑に落ちた様子でヴァレリエが吐息を零す。

「ご存じだと思いますが、あなたが祠にかけた呪術はこちらで解呪しました」

 淡々と告げると、ヴァレリエはしばし黙り込んでこの状況を理解したようだった。手で顔を覆い、首を横に振って嘆く。

「なんて事を…。あの呪術は王にとって必要なものでした。
 解呪など、してはいけないものだったのに…」

 後ろで聞いていたアランが眉をひそめた。腕を組んで不快そうに問い詰める。

「…ほう。王家の存続を脅かす事が、王にとって必要なものだと言うか」
「陛下、少し黙ってて下さいますか?」
「…何だと?」

 アランを見ずに手で制したリーファは、ヴァレリエに向き直る。

「当時の文献を私なりに調べさせて貰いました。
 ヴァレリエさん。あなたはエニルを身篭った時、王の側近辺りにこう言われたのではないですか?
『王は妻子ある身だから、その子を王の子として認める訳にはいかない』と」
「…はい」
「「…?!」」

 肩を落として頷くヴァレリエを見て、アランとヘルムートが顔を見合わせる。どうやら呪いの経緯を察したらしい。

 ふたりを横目で見ながら、ヴァレリエに続けて訊ねた。

「そしてあなたは呪いをかけたのですね?自分のような悲しい想いをする者がいなくなるように。
『エニルのような子供が、王の血筋から生まれない』呪いを」
「はい。そうです。それがどうしたというのですか」
「それがそもそもの間違いでした。
 ヴァレリエさん。あなたが身篭った段階で、ルーカス王は独身でいらっしゃいました。
 結婚はおろか、恋人もいなかったそうです」

 ヴァレリエの血の気が、さっと引いていくのがよく分かった。具現化している体の色味が薄まったり濃くなったりと、落ち着かない。
 側にいるエニルも、母親の動揺を見上げ戸惑っているようだ。

「…そん、な…!」

 呆然としているヴァレリエから、リーファはアラン達の方へと向いた。

「…エニルを生贄にした呪術の条件とは、そういう事です。
 ヴァレリエさんは、『エニルのような”王から愛されていない女性の子供”が、王の血筋から生まれない』呪いをかけたつもりだったんです。
 しかし実際は、『エニルのような”王から最も寵愛された女性の子供”が、王の血筋から生まれない』呪いになってしまいました。
 …当時の側近が、ヴァレリエさんとエニルの存在を快く思わなかったんでしょう。
 エニルに流れるルーカス王の血筋が証明されれば、ヴァレリエさんは正妃の座に就く事になります。
 側女の制度が出来たのは、呪いの発現が確認され、王家の存続が危ぶまれた後らしいですからね」
「じゃあ、王が認知しなかったっていうのは…」
「…エニルを身篭ってからは、王ご自身とはお会いしていません。
 ………全て、テレンスという方から聞かされて………」

 ヘルムートの投げかけた疑問にヴァレリエがか細い声で答えた。

 苦々しい顔をして、ヘルムートは首の後ろを掻く。

「何て事だ…!
 じゃあ、その側近が余計な事をしなければ、僕らが王位絡みでもめる事もなかった訳だ…!」
「そう考えてもいいかもしれません。
 ………あ、でも、おふたりは感謝した方がいいかもしれませんよ?
 この”余計な事”がなければ、陛下もヘルムート様も生まれてすらいなかったんですからね?」
「………!」

 意地悪なリーファの指摘に、アランとヘルムートが渋い顔をする。

 アランもヘルムートも、先王オスヴァルトとその側女達の間に生まれた御子だ。
 更に先王オスヴァルトも、先々代の王と側女の間の御子だったというから、側女の制度が生まれてなければ今のラッフレナンド王家の家系図がガラッと変わっていた事になる。

 戸惑うふたりの反応にリーファはこっそりほくそ笑み、一度咳払いをしてヴァレリエに向き直った。

「ルーカス王があなたにどのような感情を抱いていたか………言うまでもありませんね?
 あなたの呪いが後世まで影響を及ぼした事が、紛れもない証拠だと思っています。
 その呪詛も解け、あなたもエニルも現世に留まる理由は無くなりました。
 …もう禍根無く、あちらに旅立てますね?」
「わたしは、わたしは何て、恐ろしい事を………何て………!」

 ぽろぽろと涙を零し、ヴァレリエは人間のように泣き崩れる。膝の上のエニルが、おろおろして目でリーファに助けを求めている。

 リーファがグリムリーパーのとしてどうやって慰めるべきか、考えあぐねていると───

「気にする必要など無い」

 声を上げたのは後ろにいたアランだった。

 リーファが体を起こして道を空けると、アランはヴァレリエに近づき跪いた。
 ヴァレリエの頬に伝う涙を指で拭い、淡々と告げる。

「呪いがあろうがなかろうが、王家は今まで存続してきた。
 愛情の有無など、王位の継承にはなんら関係のない話だ。
 そしてそうやってこれからも続いていく。それだけだ。
 …だが」

 アランの藍の双眸が、わずかに揺らいだ。

「…当時の王に代わって、私から言わせて欲しい。
 ───すまなかった。
 来世こそ、幸せになってくれ」

 その言葉は、その場にいた誰にも予想出来ないものだった。
 日頃暴言ばかり吐かれていたリーファはもちろんの事、常々行動を共にしているヘルムートですらぽかんとしている。

 初対面であったヴァレリエですら驚きに目を見開いたが、彼女は彼女で違う感情を向けていたようだ。
 アランの手に自分の手をそっと重ね、愛おしむようにまた涙を零した。

「…ありがとうございます。
 あの方によく似た面差しの、お優しい王陛下…」