小説
小さな災厄の来訪
 ラッフレナンド城2階の執務室。
 執務机に腰を預けてにんまりしたヘルムートが、無表情で椅子にもたれているアランに声をかける。

「いやー、女の子はいいねえ。
 見栄えが良くて服のバリエーションも多い。どれがいいか悩むよねえ」
「そうだな。二番の服は悪くなかった」
「僕、四番の服がいいんだけど」
「三番は胸が小さいと服が余るのが難点だな」
「二種類位候補上げて、メイド達に好きに選ばせてみる?」
「それもありだな………おい、まだか。早くしろ」
「分かっています」
「っていうか、何でここで着替えしなくちゃいけないんですかー」

 急かすアランに、シェリーは淡々と応じ、リーファは不満を込めて愚痴を零した。

「移動の時間が惜しいからに決まっている」
「着替える時間も審査の対象だからねえ」
「はあ…」

 男性陣にそう言われてしまい、リーファはうんざりしながら着替えを再開した。

 今回、メイド用の制服を一新する事になり、リーファの目の前には何着もの候補の服が並んでいた。
 メイド達は、いつもの仕事があるからこんな事に付き合わせる訳にはいかない。
 そういう事情で、いつも暇そうにしている寸胴体型のリーファと、長身で見事なプロポーションのメイド長のシェリーが呼び出されていた。
 ふたりで着替えをしてお披露目していけば、吟味する時間が短くて済むだろう、という話だ。

 ちなみに、リーファ達が着替えているテーブル側と、アラン達が待っている執務机側の間には、衝立など気の利いたものは置いていない。着替え風景は全て丸見えだ。

「メイドの人達用の服選びなのに、何で私もこんな事を………サイズ合うはずないのに…」

 悔しそうに唇をへの字に歪める。用意されている服は、全てメイドの平均体型に合わせているので、小柄なリーファにとってはややブカブカだ。

 シェリーは姿見で服の乱れをチェックしながら、リーファに説いた。

「文句を言っても始まりませんわ、リーファ様。
 手早く済ませるなら、言われた事には従う事です。心を無にするのです」
「こ、こころを、むに。が、頑張ります。
 …でも、なんで制服って下着込みなんですか?
 こんな下着…色々見えちゃうじゃないですか」

 純白の下着をかざしながらぼやく。
 フリルがついていて可愛らしくはあるが、布地面積がこれでもかというほど少ない。

 これは他のメイド服付属の下着にも言えることで、お尻がほぼ丸見えなものもあれば、紐みたいなものもある。
 隠さないといけない場所が隠れていないとか、リーファには到底理解できなかった。

「いつ見えても恥ずかしくないよう、見えない所も常に手入れを心掛けよ、という事でしょう。
 うっかりふさふさしたものとか見えてしまったら、殿方ががっかりしてしまうかもしれませんもの」
「ふさふさって…やっぱり、見せる事が念頭にあるんですね…」
「素敵な殿方に見初められる夢をもって、城仕えする女性達も多いのです。
 城には色んな身分の方がいらっしゃいますから。
 礼儀を習い、常に身奇麗に、身支度を整えておくのに、メイドという立場は絶好の役なのですよ」
「それで、これ…ですか」

 再び下着をかざす。服は既に着ているから、あとはこれをはくだけだ。

「少なくとも陛下が満足される服を着ていれば、陛下にお声をかけられる機会があるとは思いませんか?」
「…なるほど。陛下の運命の女性は、案外近くにいたりするかもしれませんね」
「あら。リーファ様はロマンチストでいらっしゃるのですね」
「そ、そうですか?そんな事は───」

 ───ヒュッ

 夢見がちな発言が急に恥ずかしくなり、頭を掻こうとしたリーファの視界に何かが飛び込んできた。

「!」

 弧を描いて飛んできたそれがリーファの頭に当たるか、というところで、素早くシェリーが受け止めてくれる。
 シェリーの手の中に収まっていたのは、インクの小瓶だった。その先を見れば、アランがそれを放った体勢のまま、機嫌悪そうに半眼で睨んでいる。

「早くしろ」
「はい、ただいま」

 着替え終わっていたシェリーは小瓶をテーブルに置き、机の前へと歩いていった。リーファも慌てて下着をはき、シェリーの側に立つ。

「五番です」
「な、六番です」
「ああいいなあ。五番、ちょっと胸零れるね」
「服が小さすぎますから、仕方がありませんね」

 シェリーはそう言って、ブラウスの襟を正す。

 ブラウスは白、ワンピースは緑を基調としているが、胸元が開いているので胸がより強調されるよう出来ている。スカートの丈は短めだが、黒地のタイツをはいているので冬場も寒くはなさそうだ。こげ茶色のブーツは動きやすそうに見える。

「六番、丈はもう少し長めがいいな」

 リーファが着ている服は、ブラウスは白に近いピンク色、ビスチェとスカートは藍色だ。フリルをふんだんにあしらっており、メイドが着るにはやや華美が過ぎるかもしれない。白のオーバーニーソックスをはき、靴は高めのヒールでスカートと同じ藍色だ。

「あの位がいいんじゃないの?
 ソックスの丈もっと短くして、素足がちらりと覗けるのなんて最高じゃないか」
「いや、これは譲らん。少し動いた時に見える位が丁度いい」
「…なるほど、めくる前提か………盲点だったな」
「分かってくれるか」

 共通の感情を持ち合った者同士、アランとヘルムートが握手を交わしている。

 そんな様子を眺めて、リーファが小声でシェリーに訊ねた。

「陛下ってあんな方でしたっけ…?」
「わたしも、陛下のあのような姿は初めて見た気がします。
 きっと、リーファ様が来られた事で、新たな性的嗜好に目覚めたという事でしょう」
「…、………、………………、なにそれ、こわい…」

 さっと青くなったリーファを見下ろして、シェリーがくすくすと笑った。