小説
小さな災厄の来訪
「…ねーねー」
「!!」
「ひゃっ?!」

 自分でもないアランでもない第三の声に、リーファは素っ頓狂な悲鳴を上げた。

 声の先、側にあったテーブルの下を見下ろすと、そこに獣人の少女がいた。

 腰まで伸びたふわふわのピンクの髪、ピンと伸びたネコのような耳、手足は獣のそれで、ふさふさの尻尾は髪の色と同じピンク色だ。体毛なのかそういう服なのか、毛のようなものでグラマラスな体型を申し訳程度に隠しているが、表情はとても幼く見える。

(いつの間に…?)

 扉が開いた所は見ていないが、背中を向けていたから言い合いに夢中で気が付かなかったのかもしれない。

 彼女はテーブルの下から出てきて立ち上がり、リーファの顔や体をまんべんなく眺め回してきた。

「あなたグリムリーパー?」
「え、あの。えと。そうですけど………半分は」
「ちょうどよかったー。ねえちょっとこっちきてくれない?」

 そう言うと、獣人の少女はリーファの腕を掴み、引っ張り出した。リーファと同じ背丈の小柄な少女とは思えない膂力で、部屋の外へと連れ出そうとする。

「え、ちょ、ま、待って、何?!」
「マルセルのやつが、しごとほったらかしてカノジョとリョコウ行っちゃってさー。
 外してもらいたいノロイいっぱいあるのに、やんなっちゃうよねー。
 オネエさんヒマでしょ?おレイははずむから、てつだってねー?」
「それ私に拒否権無いんですか?!え、あの、もうっ!
 ───あ、あああの、絶対外に出ないで下さいねー?!」

 戸惑った様子のアランになんとか一声かけて、リーファは獣人の少女と一緒に部屋を出て行った。

 ◇◇◇

「──────」

 激情に囚われて半ば自暴自棄になっていたアランであっても、危険が身近に迫れば自然と怒りは収まり冷静さを取り戻していく。戦場で自然と身についた、生きる術の一つだ。
 もっともその術とやらも、こんな場所では何の意味もないのかもしれないが。

 リーファが連れて行かれてしまい、何か出来る事がないかと渋々部屋をぐるりと見て回り、脱出する方法など扉以外にないと再確認したところで、なんとなく扉を見やったら。

(見られている…!)

 三匹の魔物が、扉をほんの少しだけ開けてじっとこちらを覗きこんでいた。ゴブリンが二匹と、それよりも一回り小さいずんぐりむっくりしたドワーフだ。
 ───否。視界にはいないが、もう二匹位は扉の先にいるようだ。

 こちらが気づいている事を知っているだろうに、魔物達はこそこそと話し合っている。

「ヒトだ」
「人がいる」
「何でここに人?」
「喰っていい?」

 ゴブリンの一言に、ぎくりと身が竦んだ気がした。

 魔王の眼前では、虚勢を張る理由はあった。
 小国の王が、強大なる魔王に殺される。どこにでもありそうで、どこにでもない状況。稀有と言っていい。
 戦場であれば尚良いが、例え誰にも知られずに死んでいこうとも、あの魔王の手にかかったという時点で自分の中にある種の誉れは残せていただろう。

 だが今はどうだ。どこにでもいる魔物が、魔物達が、束になって襲い掛かろうとしている。
 千歩譲って魔王城で、というのは好しとしても、ろくに剣もない状態で多勢に押し込まれれば抵抗する余地すらない。

(取るに足らない魔物に食い殺されるくらいなら、いっそ自刃すべきか───)

 そんな事を考えているうちに、扉の向こうにいた魔物がゴブリンを小突いた。ぬっと出てきた姿は人型だが首から上は狼のそれに近く、全身が茶色い毛で覆われた風体の獣人だ。

「ばか、ここは客間だぞ。この人間は魔王様のお客様だ」
「おきゃくさま」
「お客様!」
「おきゃくさまなら、おもてなしする?」

 ドワーフの思いがけない単語に、ゴブリンが飛びついた。目をキラキラ輝かせて、単語を繰り返した。

「おもてなし!」
「おもてー!」
「なしー!」
「──────っ?!」

 異様に機嫌よく、魔物達が部屋になだれ込んできた。

 ゴブリン、ドワーフ、狼人間、青白い肌の黒い翼が生えた女の魔物と、統一性がまるでない。
 魔物達は、アランの両腕にしがみつき、こちらが声を上げる暇などないまま、振りほどけないほどの膂力をもって、アランを部屋の外へと連れ出そうとしている。

 女の魔物がアランの顔を覗きこんで、ほんのり顔を緩ませた。

「アラ、お兄さん結構男前ねー!さあ皆、今日はいっぱいおもてなすわよー!」

 ゴブリン達とドワーフが、のりのりで吠える。

「おー!」
「おもてなすー!」
「なすー!」
「おもてなすとき!おもてなせば!おもてなせー!」
「なせー!」

(それは何の文法練習だ!)

 刺激したくないから心の中で突っ込みを入れていると、やれやれと溜息を吐いて魔物が声をかけてきた。先程説明していた狼人間だ。

「あー、すみませんね。お客人。こいつら喰っちゃだめな人間見た事なくて。
 ちょっとでいいんで、お付き合いくださいねー」

 話が分かりそうな相手のような気がしたが、到底抑止にはなりそうもない。

 そうしてアランもまた、複数の魔物達に部屋から連れ出されていった。