小説
つかまれた”なにか”
 身支度を整えてマルタに連れられ、リーファは謁見の間へと足を踏み入れた。

 既に場は賑わっていた。広間には白いテーブルクロスに覆われた円卓が幾つも置かれ、豪勢な食事が並べられている。

 参加者は、ラッフレナンドの貴族や役人もいるが、健康的に日焼けした黒髪の者達の姿もある。恐らく彼らが、ヴィグリューズから来た使者達なのだろう。

(派手な服が多いのね………それに、心なしか女性が多いような…)

 ヴィグリューズの男性達は、カラフルな布を組み合わせて体に巻き付けたスタイルが正式礼服のようだ。布の色や柄も人それぞれで、黒を基調とした燕尾服で統一しているラッフレナンドの男性達とは対照的だ。

 また、ヴィグリューズの使者は女性が多い。男性六割、女性四割、といった所だろうか。
 髪を結い上げ飾り立て、宝石で首や指を光らせ、ラメ入りの華やかなドレスを着こなす彼女達の姿は、まるで美しさを競い合っているかのようだった。

 参加者達は思い思いに自分の皿に食べ物を乗せ、立食を満喫し、会話に花を咲かせている。

 アランの姿は、すぐ視界に捉える事が出来た。ワイン片手に、二人の人物と話をしている。
 マルタの先導でアランの側まで近づくと、アランはこちらを視界に入れ、艶やかな笑みを濃くした。

 側まで寄って、マルタは優雅な仕草で首を垂れた。

「陛下。リーファ様をお連れ致しました」
「ご苦労。下がっていいぞ」
「はい」

 丁寧に頭を下げ、マルタは会場を後にする。

 程なく、アランが互いに互いを紹介してくれる。

「紹介しよう、ブリセイダ。これが私の側女のリーファだ。
 ───リーファ、こちらがブリセイダ=アコスタ=ヴィグリューズ。
 ヴィグリューズの国王陛下であられる」

 リーファはスカートの端をつまんで、深くお辞儀をしてみせた。

「お初にお目にかかります。ヴィグリューズ国王陛下。
 リーファ=プラウズと申します。どうぞお見知りおきを」
「ごきげんよう、リーファ。ブリセイダ=アコスタ=ヴィグリューズだ。会えて嬉しいよ」

 ブリセイダは、持っていたワイングラスを側に居る女性に預け、胸に手を当てて一礼してくれた。

 頭を上げ、改めてそのご尊顔を拝見する。
 色黒の肌に刈り上げられた黒髪、太陽のように輝く金の瞳に力強さすら感じ、風体からして既に王の品格を漂わせている。

(でも…)

 ちらりと、胴体を盗み見る。
 身長こそアランと並んでかなり高く、派手な布地を何枚も重ね合わせゆったりと着込んだ男性的な衣装ではあるが、胴体に立派な双丘が乗っている。
 れっきとした女性だ。

(だま、され、た…っ!!)

 憤りは心の中だけに留め、リーファはアランに非難の眼差しを向けた。

 アランは、どうやらずっとこちらの様子を伺っていたらしい。リーファが顔を見るや否や、明後日の方向に顔を向けて噴き出した。
 そして必死に笑いを堪え、『誰が男王だと言った?』とでも言っているような目で見つめ返すものだから、リーファも心で『ぐぬぬ』と唸るしかない。

 そんなリーファ達の様子を、ブリセイダは目ざとく見ていたようだ。女性に預けていたグラスを傾けながら、アランを半眼で睨む。

「おいおい、随分ギスギスしてるじゃないか?
 お前あれだろ。どうせ私の事を、男の王だとか彼女に説明したんじゃないか?」

 リーファからブリセイダに顔を向けた時、アランの表情はいつもの仏頂面に戻して見せる。なかなかの早業だ。

「まさか。そんなはずはないだろう?
 確かに昔から女らしさなど皆無に等しく、座学よりも武術に長け、性格も粗雑。
 何でも殴って解決するようなその気性。『母の胎に大切なモノを忘れてきたのでは?』と思わないでもないがな」
「馬術も剣術も、お前は昔っから私に勝てなかったからなあ。
 性格も穏やかで臆病で、男にしておくには勿体ないほどの美少女であったのに。
 あれがこんなに性格が悪くなるとは、時間とは実に残酷よ」
「…最近良い剣を手に入れてな───試すか?」
「奇遇だな。こちらも良い長刀を仕入れて、試し斬りをしたいと思っていた所だ」
「「ふふふふふ」」

 仲が良いのか悪いのか───いや、多分悪いのだろう。眼前の王達は、火花を散らして睨み合いを始めてしまった。

(な………何でこんな事に…!?)

 気付かぬうちに火種を作ってしまった気がして、リーファはふたりを交互に見ておろおろしてしまう。

(へ、ヘルムート様は今どこに───)

 頼りになる従者を探して広間を見ようとした瞬間、王達の間にさりげなく割って入ったのは、一人の女性だった。

 艶やかな黒髪は結い上げられて宝石の髪留めで彩られている。色黒とまではいかない健康的な肌の色に、意思の強さを物語るかのような目力は見るものを惹きつける。
 緑を基調としたふんわりとしたドレスは、金と銀の糸で全体に模様が施されなんとも華やかだ。そして何より、そのドレスの縁から豊かな胸の谷間がこぼれ、男性でなくても目が行ってしまう。

「まあまあおふたりとも。このような華やかな席で、そのようなふくれっ面はいけませんわ。
 ねえ、ラッフレナンド国王陛下、もっと楽しいお話を致しましょうよ」

 と言って、彼女はアランの腕に絡みついた。柔らかいものが腕に当たって、アランの顔が緩む。
 彼女はアランに持たれたまま、ブリセイダにも蠱惑的な微笑みを向ける。

「ブリセイダ様も、ここに来るまでの間ずっとラッフレナンド国王陛下に会うのを楽しみにされていたではありませんか。
 こんな事で喧嘩してはつまらないですわ」
「もう…ペルペトゥアにはかなわないよ」

 ふう、と溜息を漏らし、ブリセイダは苦笑いして頭を掻いた。

「すごい…」

 あっという間に仲介してみせた彼女の手並みに、リーファは思わず感嘆の声を零した。

 リーファが興味を示した事でブリセイダも話す気になったらしく、魅惑の美女を側に寄せて紹介してくれる。

「おっと、紹介をしそびれてしまったな。侍女のペルペトゥアだ」
「ペルペトゥアと申します。ごきげんよう」
「あ、あの、リーファと申します。よろしくお願いいたします」

 典雅にお辞儀をしてくれるので、リーファも合わせて頭を下げる。

(すごいきれいな人…)

 その振る舞いがあまりにも上品でついつい見入っていると、ブリセイダが教えてくれる。

「ペルペトゥアは通訳の仕事を任せていてね。諸外国へ行く際の心強い味方さ」
「まあ、語学が堪能でいらっしゃるのですね」
「貿易を営む家の娘故、各国のマナーにも詳しくてね。私も色々教わる事が多い」
「わあ、すごいですね…とても憧れます」
「加えて、そこのアランの悪評を聞いて、なおついてきてくれる肝の据わった女性でもある」
「もうそれだけでも十二分に素晴らしいと思いま───」

 ───ゴッ。

 背後から落ちてきたチョップが脳天に直撃し、リーファは頭を抱えてしゃがみこんでしまった。
 あんまり派手な音がしたものだから、周囲にいた参加者の視線がリーファに集まる。痛みと羞恥とで、即座に顔が真っ赤になった。
 涙目になりながらリーファは振り返り、チョップの持ち主であるアランを非難する。

「〜〜〜っ!何するんですか…っ!」
「お前だって私が知らない言葉を知っているし、敵対している相手との仲介をしてみせたではないか。
 憧れるほどの事ではないだろう」

 不機嫌そうにそうぼやくアランを見て、リーファは首を傾げた。
 少し考えて、魔物界隈で使っている公用語を知っている事と、魔王との間に割って入った事だと気づいて、リーファはもごもごと言葉を濁す。

「いやあれは…ちょっと勉強すればすぐに覚えられるものですし…。
 あの仲介だって、もともとあちらの方は友好的に接して頂いてましたし…。
 そんな自慢できるものでは…」
「お前は私の側女なのだから、もっと誇らしくあれというのだ」
「しかし───ひゃっ?!」

 今度は脇から腕が差し込まれ、リーファの体が宙ぶらりんになる。上を見ればブリセイダが自分を抱えていた。

(これ、は…いったい…どう、したら…!?)

 余所の国の王に抱えられている。その恐れ多い事実にリーファの顔色が真っ青になる。
 一応、ある程度のマナーはメイド達から教わっていたが、さすがにこんな状況の対処法までは聞いていない。
 降ろして欲しい気持ちでいっぱいだが、ここで暴れるのも無礼ではないかと考えると、何も出来ずに固まっている他ない。

「アランよ。お前の国の娘は、皆このように自己評価が低く控えめなのか?」
「これほどなのはそういないが…そうだな。
 ヴィグリューズの女達と比べると、ラッフレナンドは男を立てようと思う女が多いようだ。
 事実役人の多くは男だし、女は家事に従事する事が多い。
 仮に仕事へ出ても補助的な仕事を任される事がほとんどだ」

 リーファをレッドカーペットの上へ降ろし、ブリセイダは呆れた様子で息を吐いた。

「嘆かわしい事よ。それでは女は、一生男に媚びへつらって生きていく他ないだろうに」
「否定はしない。それが当たり前だと教えられて育つからな。
 しかしヴィグリューズとて似たようなものだろう。
 お前が王にのし上がるまで、どれほどの反対者を血祭りにあげた?」
「血祭りなどと人聞きの悪い。ちょっと口を聞けなくしてやっただけの事よ」
「女が男と肩を並べて仕事をする事が良いかどうかなど、私には分からん。
 女は妊娠に出産に育児と、一生のうちに時間を割く機会が多い。
 中長期的にこなさねばならぬ仕事が多々ある中で女を組み込むとなると、何か特筆すべき才能でもないと戦力に値しないと思われても仕方がない」
「妊娠と出産はともかく、育児くらいは男も手伝わせるべきじゃないか。
 それに、今の言は女の才能を育てるつもりはない、と取れるぞ?」
「勉学技能を与えるなら男女に差はつけぬのが当然だ」
「しかしそれでは───」

(決着がつきそうにない話に発展していっている…)

 床に降ろされて安心したのも束の間、二人の王は淡々と男女の教育について熱い論議を交わし始めてしまった。
 会話に入れそうもなく、ぼんやり傍観していると、肩を叩き艶やかな声音でリーファに声をかける者がいる。ペルペトゥアだった。

「おふたりは難しいお話に夢中のご様子。
 女は女同士、楽しいお話をしませんこと?」
「あ、はい。喜んで」

 ちょいちょいと招かれ、人ごみを縫って謁見の間の隅っこの方にふたりで移動した。