小説
つかまれた”なにか”
 配られていたシャンパングラスを二つ受け取り、ペルペトゥアに渡し、仲良くグラスをカチンと鳴らした。
 熱心に話し込んでいるアランとブリセイダを遠目に眺め、リーファはグラスを傾けた。

「ヴィグリューズ国王陛下は素敵な方ですね。女性の事をよく考えていらっしゃって」
「ええ。ブリセイダ様が即位されてから、宮廷に上がる女性がずっと増えましたわ。
 ファンクラブまであるのですよ?」
「ふぁんくらぶ」

 聞きなれない単語にオウム返しすると、ペルペトゥアは咲き誇るバラのような美しい笑みを浮かべた。

「はい。
 ファンクラブ会員になった者は皆、ブリセイダ様から情熱的で惜しみない愛を賜る事ができますの。
 ブリセイダ様に初めてを捧げた侍女もおりますのよ」

 ペルペトゥアの言葉を読み解くのに、かなり時間がかかった気がする。よく咀嚼して、よく味わって、しっかり飲み込んで。
 言っている事は分かった。分かったが、理解が追い付かない。

「え、あの…えと、───初めてって…」

 困惑しているリーファを見て、ペルペトゥアは面白いものを発見したかのように喜んだ。小柄なリーファの背丈に揃えて少し屈み、小声で耳元に囁く。鳥肌が立った。

「まあまあ。この手のお話は刺激が強かったかしら?
 でも───分かりますわよね?女同士ですもの。体の好い所など、手を取るように…ねえ?」
「な、なるほど。分かるような、気がします…!」

 身を引き、持っていた扇で口元を隠すペルペトゥアの言葉に熱っぽさが混じる。溜息すら蠱惑的に聞こえる。

「ここに来るまでの道すがら、ブリセイダ様にそれはもう可愛がって頂いて…。
 これだから同伴はやめられませんわ、ふふ」
「わ、わぁ…!」

 顔の紅潮が止まらない。シャンパンのせいではないはずだ。

(おふたりが、ここに来るまでにそんな事を…!)

 本から得た知識で、女性同士で睦み合う方法があると知ってはいた。しかし、所詮本に書かれたものだからどこか現実味はないものだ。
 言葉は濁しているが、こうして艶めいた美女が熱っぽく教えてくれると、また違った興奮がある。

 生々しい妄想がもやもや湧いた所で、ペルペトゥアから更に追い打ちがかかった。

「そ・れ・で」
「はいっ?!」

 ペルペトゥアが顔を近づけてきた。頬を染め、小声で訊ねる。

「ラッフレナンド国王陛下は、どのような方ですの?」

 その問いに、リーファの身が引き締まった気がした。
 今の流れからしてこの”どのような方”は、つまりはそういう系統の話題、という事で良いのだろうかと。

「どのようなって…その、そういう話の、ですよね?」
「ふふ」

 リーファの問いに、美貌の侍女は笑って首を傾げるだけだ。

 これ以上は何も言ってくれなさそうだ。リーファは諦め、恥じらいながら当たり障りのない言葉を探す。

「ええとですね………………優しい、方だと思います」
「ラッフレナンドは薬学が発達した国と聞いておりますわ。となりますと?」
「はい………よ、よく、盛られますね。色々と…」
「まあ。よく盛られてしまうのですね、ふふ。もしかして少し意地悪な方なのかしら?」
「そう、ですね………よく、意地悪な事を、言われて…」
「言葉責めがお好きですのね。まあ、まあ。ふふ」

 気が付けば、言って良かったのか悪かったのかよく分からない事まで言ってしまっている。

「あ、あのいや、あの」

 何と弁明したらよいのか言葉に詰まっているうちにも、ペルペトゥアの考察と尋問が止まらない。

「テクニシャンな方?それとも情熱的なのかしら?それとも淡泊?
 遊びがないのはちょっとどうなのかと思うけれど。
 しかし、お薬を嗜み言葉で責めるなんて、ベッドの上も相当…なのではないかしら。
 ねえリーファ様。リーファ様の経験の上で順位づけたとして、国王陛下は何番目になりますの?」

(何番目って───)

 耳から湯気が出ているんじゃないかと思うくらいに、顔が茹で上がってしまう。
 リーファは肩を震わせ俯きながら、か細い声で何とか言葉を紡いだ。

「すみません………比べるほどの、経験が…その。比較は、ちょっと………!」
「まあ、まあ、まあ!」

 恥ずかしいのはこちらなのに、何故かペルペトゥアまで頬を朱く染めていた。

 そこにブリセイダがやってきた。遅れてアランも近づいてくる。
 ブリセイダはリーファ達の間に入り、優しく声をかけてきた。

「何だか楽しそうだが、私を交ぜてはくれないのかな?」
「まあブリセイダ様、いい所に!」

 ペルペトゥアがぱっと明るくなって、ブリセイダにすり寄る。ブリセイダもブリセイダで、まるで恋人を愛でるかのように優しく肩に手を置いた。

「わたくし驚きましたわ。彼女、とっても初心ですのよ。
 きっと、ラッフレナンド国王陛下以外に体を許した事がないのですわ。
 それなのに、お薬で酔わされ言葉責めで弄ばれてと、そちらの事情は偏っておいでのご様子」
「わ、わ、わ───む」

 顔を真っ赤にしてペルペトゥアの言葉を遮ろうとするが、ブリセイダの手がリーファの唇を塞いで逆に遮られてしまう。

「ふむ、確かに偏っているね。
 …アランお前、どうしてそうレディの扱いが雑なんだ」

 後ろに突っ立っているアランにブリセイダが問い詰めると、彼は厭味ったらしく鼻で笑う。

「ふん、雑にされて喜ぶ女もいるという事だ。
 毎晩、それはもう好い声で啼くものだから、新たな発見を求めてつい薬の量を増やしてしまう」
「な、な、な───う」

 今度はアランに抗議しようとするが、アランからも手で口を塞がれ遮られてしまう。
 皆にいいようにされてしまっているリーファを、ブリセイダは興味深く見下ろす。

「ふむ、好い、声。
 確かに…通りの良い声ではあるが…」
「癖になるぞ。何だったら試してみるといい」
「これはもうブリセイダ様自ら、愛され方を講じるべきかと思いますの」

 うーんと唸ってはいたが、アランも勧めペルペトゥアも支持した為、ブリセイダはまんざらでもなく頷いた。

「うんまあ、彼女には聞きたい事もあるし、今晩は付き合ってもらうとしようか」

 ブリセイダの答えに一番良い反応を示したのはペルペトゥアだ。リーファの手を握りしめ目を輝かせるその様は、受験を応援する母親のようにも見えた。

「リーファ様、頑張って下さいましね。わたくし、応援致しますわ!」
「は、はあ…」

 そしてちらりと斜め横を見やると、最上級の良い笑顔でリーファを見下ろしているアランがいた。

「リーファ、今晩はブリセイダに失礼のないよう、誠心誠意お世話するように」
「は…い…」

 アランの口元が嘲笑を込めて吊り上がる。リーファは血の気が引いて眩暈がした。