小説
偽り続けた者の結末
「…ねえ。今ここで死ぬか、俺の嫁になるか───どっちを選ぶ?」
「どっちも嫌です」
「………………」

 あまりにも理不尽な問いかけに、リーファはばっさりと拒絶の言葉を放った。

 夕刻、ラッフレナンド城3階の側女の部屋で、リーファは熱心に編み物をしていた。
 今の時期はまだ寝苦しい日が続くが、これからどんどん寒くなっていくから、多少暑さに辟易しても編み物をするならこのタイミングしかないのだ。

 今編んでいるのはマフラーだった。色はクリーム色に近い白だが、別の色を組み合わせていくのも面白い。渡す相手のイメージカラーを考えるのも楽しいものだ。

「…おい?」
「何ですか?」
「質問を聞いてなかったのか?俺はどっちを選ぶかって聞いてんだけど」
「質問聞いてましたよ?それを踏まえても、どっちも嫌ですって言ったんですけど?」
「………………」

 声の主は、あまりの塩対応に呆然としていた。

 跳ね返りの強いカーマインカラーの髪を一つに束ねている青年で、瞳の色も同じ色だ。中肉中背で、服装は町人風の格好だが、ネックレスや指輪をはめていてそれなりにお洒落しているつもりらしい。

 いらいらしながら、リーファは青年を睨みつけた。

「早く帰ってくれません?私、今忙しいんです。
 これ早めに編み上げないといけないんですから」

 そう言ってリーファはマフラーを見せると、何を勘違いしたのか青年は嬉しそうに鼻を鳴らした。

「ああ、俺へのプレゼントか。気の利いた嫁だな」

 は、と溜息を吐いて、リーファは肩を竦めた。彼女の周りには何種類かの毛糸が転がっていて、側には人の名前が書かれたメモが置いてある。
 それらを指差して、リーファは丁寧に説明した。

「全然違いますよ。今編んでいるのはノア君の分です。
 あと、この白とグレーの毛糸はマヌさんので、こっちの紺と薄緑の毛糸はセベロ君のです」
「多くね?!」
「色んな人に頼まれたんです。頼まれると断れないんです。ダメですよねー」

 と言いながらも、何だかんだ頼られてしまうのは嬉しいものだ。自然と編むペースが軽快になっていく。

 ふむ、と青年は唸り、仰々しくリーファに頭を下げた。

「じゃあ、俺の嫁になって下さい!!」
「嫌です」
「断れないんじゃないの?!」
「今頑張って自分を変えてる最中なんです。
 ノーと言える女、いいですね。成果出てますね、うん」

 満足そうにうんうんとリーファは頷く。網目を間違えていないか、編んだマフラーを眺めてみる。

 青年はじりじりとリーファににじり寄った。彼もまた、リーファの態度に苛立ちを隠せないでいる。

「死ぬよ?死んじゃうよ?いいの?」
「それも困るんですってさっきから言ってるじゃないですか。
 というか、あんまり大声で騒がないでもらえます?面倒な人が来たら───」

 ───ガチャ

「何事か」

 ノックもなく唐突に扉が開かれ、面倒な人───もとい、この国の王アラン=ラッフレナンドが部屋に入ってきた。

(来ちゃった…)

 口には出さないように努め、リーファは大きく溜息を吐いた。

 アランは部屋をざっと見回し、不機嫌に顔を歪め、リーファを窘める。

「お前は、またどこぞの間男を部屋に連れ込むのか。側女の分際でいい度胸だな」
「人聞きの悪い事言わないでください。
 連れ込んだんじゃないです。勝手に入ってきたんです」
「どちらも似たようなものだ。───それで、それは?」

 それ、と言われたのはリーファが編んでいるマフラーだ。
 隠し立てしても良い事など一つもない。えへ、と苦笑いを浮かべて白状する。

「兵士さん達に頼まれてしまいまして。いや、私が言ったのもあるんですけど。マフラーです」

 アランの眉間に深くしわが刻まれ、不機嫌をさらにつのらせた。

「お前は私の側女だろうが。私の物を作るのが筋だろう」
「アラン様のは先日お渡ししたじゃないですか」
「マフラーはな。次はセーターと手袋と帽子を作れ。納期は明日だ」

 アランの無茶な指示に、ついその姿を想像してしまう。
 彼はいつも、専用の仕立て屋があつらえた貴族服を着ているから、セーターなどを渡しても着てもらう機会はないはずだ。折角作ったのに使われないのでは、作る意味がない。

「セーターも手袋も帽子も着ないくせに…それと明日までは無理ですってば」
「どうせ日がな一日暇なのだから、全力でやれ」
「毛糸がないんですよ。家から持ってきたのだけなので」
「毛糸などいくらでも買ってやる。
 買ったら即作り即渡せ。最優先で仕上げて献上しろ」

 要は実用品が欲しいのではなく、”側女から贈られた”という実績が欲しいようだ。
 使われないものを作るのは不本意だが、『毛糸を買う』とアランが譲歩してくれているのなら、作らない訳にはいかない。

「………もう、仕方がな───」
「俺の事無視しないで?!」

 ふたりの世間話に、青年の絶叫が割って入ってきた。
 アランもリーファも、何かつまらないものを見るような目で青年を眺める。

「なんだこいつは」
「なんだと言われても………本当にさっき、急に現れたんです。
 …グリムリーパーのようなんですけど」

 と言って、リーファは青年を見やる。

 青年の体は、部屋の中で浮いていたのだ。静止していると言い換える事もできる。子供の描いた落書きのように、物理法則を無視してそこに佇んでいる。
 これが亡霊の類であれば、サイスで刈り取って食べてしまうだけで事足りるのだが、残念な事に赤系の髪と瞳の色はグリムリーパーの特徴的な容姿だ。

 リーファは父エセルバートに言われていた事があった。

『同胞のグリムリーパーは、基本担当エリアから出る事はないけどね。
 もし自分のエリアにずかずか入ってきて、無理難題を言うようなら奴がいたら無視しなさい。
 殴っても死なない奴は、構ってあげない方が勝手に死ぬ』

 仮にも同胞に対してその対処法はどうなんだ、とは思ったが。
 しかし現実にそういう時が来てしまった以上、特に他に思いつく方策もない事だし、やってみるのもありだと思ったのだ。
 という訳で、青年の興が殺げてさっさと退散してくれるのを待っているのだが───なかなか難しいものである。

 一方のアランは、グリムリーパーと言われて過去の記憶を掘り起こしているようだ。沈痛な面持ちで、こめかみを押さえて唸る。

「ああ…それは、何となく、分かる………なんとも、頭の緩い感じが」

 リーファもまた、自分の父を思い浮かべて呻いた。

「そうですね…全員がという訳じゃないんですが、ちょっと緩い方々が多くて…」
「あれ?よく分からないけど、俺初対面の方々に悪口言われてる?」
「なんでもいいです。で、誰なんですあなた」

 とても嫌々訊ねたはずだが、顔を見ていなかったのかもしれない。青年は顔をぱあっと明るくしてみせた。

「聞く?聞いちゃう?
 そうだよな!夫婦になるんだし、自己紹介は大切だよな!
 じゃあ名乗らせてもらうぜ。
 ───俺は、グリムリーパー、マルセル!魔王城勤務の、超絶エリート、さ!」

 マルセルと名乗ったグリムリーパーは、顎に手を当てて不思議なポーズを取ってみせ、ついでに口元からキラッと歯を光らせて見せつけてきた。

 ほんの一瞬、何とも言えない沈黙が流れた。
 そして、珍しくアランとリーファの感想が重なった。

「………緩いな」
「緩いですね」
「緩いって言わないでー?!」

 的確な表現だったと思うのだが、マルセルから抗議の声が上がった。