小説
偽り続けた者の結末
 頭の悪い話に頭が痛くなってきそうだが、このまま黙っていても埒が明かない。ヘルムートは両手を叩いて仕切り直した。

「と、とりあえず暫定だけど、マルセルってグリムリーパーの目的が分かったね。
 それで、そのグリムリーパーが行きそうな場所に、心当たりはあるかい?」

 リャナは「うーん」と唸り、人差し指を北北東の方へ向けている。

「どっちの手続きも魔物の町の役所に行けばいいんだけど…ここから近いのって魔王城なんだよね。
 さらわれたのって昨日なんでしょ?
 もしすぐに魔王城に直行してるなら、多分手続きの時に対象外の話が出て『じゃあ無理だねー』ってなって、さっさとリーファさんは解放されてると思うんだ」
「グリムリーパーの王、という方の所へ挨拶回りに行っている、という事はありませんの?」
「どうかなー。同意のない結婚はラダマス様許さないでしょ。
 そっちの方が帰ってくるのは早いと思うけど」

 シェリーの推測にリャナは肩を竦めたが、ふと思いついて、一つの可能性を提示してくる。

「あっ、でも、あいさつ回りっていうのはありえるかも。
 マルセルって気が多い人だから、あっちこっちに彼女作ってると思うんだよね。
 別れ話ついでに、婚約者紹介する流れはあるかもなー」
「…リーファを手籠めにし、子供を増やす為に監禁しているかもしれんぞ」

 ぼそっとした声で、アランがそんな事を口にする。
 執務室に再び沈黙が訪れる。リャナは憮然とした顔をし、シェリーは半眼で呆れていた。

 ヘルムートはもしやと思い、アランに訊ねた。

「…アランもしかして、リーファが寝取られる事を気にしてるの?」
「………………そういうんじゃない」

 そこそこ長い沈黙の後にアランは否定するが、顔には『やってしまった』と書いてあるかのようだ。

「というか、こういう時のアラン様の想像は『自分だったらこうする』というものですからね。
 きっと、自分が同じ状況ならそういう事をしたいのでしょう」
「………………ちがう」

 シェリーの指摘をアランは否定するが、何とも消え入りそうな声音で顔を覆ってしまった。

 色で感情を識別するというサキュバスなら、アランが何を考えているのかよく分かるのだろうか。リャナは呆れながら口を開いた。

「…人間みたいに子作りも出来るらしいけど、グリムリーパーは出生率は極端に低いらしいよ。
 特にグリムリーパー同士はね。
 あたしが知ってる限りグリムリーパー同士の夫婦は何組かいるけど、みんな子供はいないみたいだし。
 いつ終わるかも分からない支援制度の為に妊娠するまで頑張るとか、そこまで気の長い人じゃないよ、マルセルって」
「…その様子ですと、そのグリムリーパーと仲が良いんですの?」

 シェリーの問いかけに、リャナは微妙な顔をする。笑っているような、困っているような、怒っているような感じだ。

「んーと………何度かお話しはした事あるよ。
 好みのタイプは純朴そうな貧乳の子。おっぱいが小さいのをなじって可愛がるのが趣味なんだって。
『あと五年経ってそのお胸が小さかったら俺と付き合わない?』とか言ってきたから、この間パパに告げ口しといたよ。
 近いうちに僻地に飛ばされるんじゃないかなー?」
「なんていうか…」
「上には上がいますわね…」

 少女から語られる見た事もないグリムリーパーの人となりに、ヘルムートはうんざりした。シェリーも嫌そうな面持ちで眉間にしわを寄せている。

(シェリーの”上”が誰の事を指すのかは、あまり考えないようにしよう…)

 何となくアランの事を示しているような気もしたが、そう断言している訳でもないのだから黙っておく事にする。

「ま、まあ何にせよ、あとはリーファの居場所か…」
「それだけどさ、あたし探しに行ってあげようか?」

 リャナの思いがけない提案に、ヘルムートは目を見開いた。

「それは、ありがたいけど………でもなんで?」
「え、何?友だちに会いに行っちゃだめ?」
「いや、いいよ。すごく助かるけどさ…」
「このままだと、リーファさんの体の方がダメになっちゃうでしょ?それはあたしも嫌だもん。
 …でもほら、ね」

 思わせぶりに首を傾げ、リャナはヘルムートに軽くボディタッチをした。

「ね?」
「こういう時、なんて言ってお願いするんだっけ?ヘルムート君」

 ぎく、と口元が強張って、ヘルムートはついアランを見てしまう。

「ん、なんだ?」

 アランはヘルムートを見返し、不思議そうな顔をしている。
 横で状況を察したシェリーは、溜息を吐き背中を向けて耳を手で塞いでくれたが。

(その仕草されたら僕ここでやんなきゃいけなくなるじゃん!)

 背中を向けたまま肩を震わせているシェリーを恨みつつ、ヘルムートは期待の眼差しを向けるリャナを見下ろす。

「あ、う。い、今やるの?」
「今じゃなくていつやんのよ」
「…しょうが、ないな…」

 アランの視線が非常に気になるが、どうとでもなれと諦めた。

 ヘルムートはおもむろにリャナの前に片膝を立て、胸に手を当てて頭を下げる。

「お願いします、リャナお姉さま。どうかリーファを連れ戻して下さい。
 ───で、いい、かな?」
「うむうむヘルムート君、任せたまえー、んっふっふー」

 頬を赤らめてリャナは満足げに胸を反らした。相当嬉しかったのか、口元を緩めその場をぴょんぴょん跳ねている。

 居た堪れない気持ちで体を起こすと、アランが不気味なものを見るような目でヘルムートを眺めていた。

「………なんだ、今のは」
「あ、うん。ちょっと、あってね。まあ、なんだ。気にしないで、はは」

 ヘルムートはそう言葉を濁したが、どこか憐憫をたたえた表情でアランが見上げてくるものだから、視線に耐えられず明後日の方に視線を泳がせた。

 気付けばシェリーがこちらを向いていた。優雅に目を伏せているのは、きっと顔を見たら噴き出してしまうからなのだろう。
 彼女の側で、リャナがご機嫌に口を開いた。

「じゃあ決まりね。
 あとはええと…リーファさんの持ち物とか、ないかな?
 髪の毛一本でもいいけど」
「リーファ様の部屋へ行きますか?お体はそちらにありますし」
「ああ、それなら………これが、使えるのではないか」

 そう言いながらアランが机の引き出しを引いている。
 引き出しの中にあるそれを少しの間見つめ───何か考えたようだが、首を横に振っただけだ。
 その中にあったものを取り出し、少女に向けて放り投げる。

「───げ」

 放られたそれをリャナが受け取り───受け取ったものを見て取りこぼしそうになった。

 それは茜色の髪の束だった。三つ編みに編まれており、端と端がしっかり結ばれている。
 ヘルムートもよく覚えている。リーファの髪をアランがばっさり切り落とした一件のものだ。

 シェリーもヘルムートも、さすがに顔を青くした。

「捨てたと思っていましたが…」
「アランそれ…今までずっと持ってたんだね…」
「…机に入れて忘れていただけだ」

 ふう、と溜息を吐いてアランはそっぽを向く。アランが取り出すのを躊躇った理由が今なら分かる。
 その理由を、リャナは嫌悪を顔に出してばっさり言い切った。

「え、やだこの王様。気持ち悪い」

 少女の率直な意見にアランは一瞬むっとしていたが、鼻で息を荒く吐いただけだった。じろりとリャナを睨む。

「お前に気持ち悪がられようがどうでもいい。それで出来るのか」

(お、おお…リャナが怯えてるよ…)

 このリャナという少女についてよく分からない所も多いが、こうして怯えている姿は今日初めて見たかもしれない。少女の表情から余裕が消え、感情が潰れていくのがよく分かる。

「出来るけど………でもー…。
 拘束監禁プレイがご趣味で、女の子の髪の毛後生大事に取っといてるオッサンのところにリーファさん連れて帰ってきていいのかなー…?」
「商売人は契約を守るものだろうが。出来るのならさっさと行け」
「…はーい。
 あ、ここに注文のあった商品置いておくから。よろしく。───じゃ」

 荷物の入った袋をまとめて部屋の隅っこへ置いて、そそくさと身を小さくしてリャナは執務室を出ていった。
 廊下の奥から「キモーい」と叫ぶ声がヘルムートの耳に入ってくるが、聞かなかった事にする。

 なんとも言えない沈黙が執務室に残る。アランはそっぽを向き、シェリーも顔を青くしたままだ。

(こんな風に話を振るのはもう嫌だ…!)

 執務室の居心地の悪さに耐えつつ、ヘルムートは苦笑いを浮かべてアランに話しかけた。

「じ、じゃあ、あとはリャナの報告待ちだね。それまでに一件、見合いできるかな?」
「…ああ。リーファにも消え間際に促されたからな。
『見合いを進めて』と。やっておくさ」

 執務机の上には、新たな見合い状が乗せられていた。

 見合い相手の名前はセアラ=ウォルトン。
 ラッフレナンド領内の小村の村長の娘だ。貴族と呼ぶにはあまりにも格式が低いが、文句は言っていられない。

 ◇◇◇

 三日後、アランの見合い相手”セアラ=ウォルトン”は来城した。

 慣例に従い、まずは謁見の間で互いに自己紹介。
 アランは彼女を連れ立って、話をしながら城内を散策した。
 役所を見て回り、礼拝堂で祈りを捧げ、花が咲き誇る庭園に足を運び、演習場の兵士達の訓練を見学した。

 いつもは物憂げな表情で散策をするアランだが、今回は誰の目から見ても穏やかな笑みを浮かべていた。
 ”セアラ”の嫋やかな微笑みに笑い返し、彼女に手を差し伸べエスコートをしてみせ、彼女の問いかけに親身になって答えていた。

 ”セアラ”は品がある艶めいた美女ではあったが、他の貴族の女性とそう風貌が違う訳ではない。
 今までの正妃候補と一体何が違うのか───王の春を多く者が喜びながらも、皆が皆、不思議に思ったという。

 ◇◇◇

 散策を終え、”セアラ”は今日から数日泊まる事になる部屋へと案内された。3階東にある来賓用の寝室だ。

 クローゼット、天蓋付きベッド、ソファとテーブルなど、数日過ごす為に必要な家具は一式揃っている。一人用の寝室なのは、場合によっては王が部屋に訪れる事もあるから、と言われている。

「お前たちは下がれ」
「「はい」」

 付き添っていたメイド達に席を外させ、寝室はアランと”セアラ”ふたりだけとなった。
 アランは、散策中とは打って変わって気まずそうに俯く”セアラ”の姿を、改めて眺める。

 腰まで伸びるほど長い橙の髪は髪飾りで丁寧に結い上げられ、瑪瑙色の双眸は宝石のように艶めかしい。窮屈そうな薄緑色のドレスからは女性らしいボディラインが覗かせ、恥じらうようにショールで体を隠している。

 にこやかに───しかしこめかみに青筋を立てて───アランは訊ねた。

「どういう事か説明してくれるな?───リーファ」

 アランに顎を持ち上げられ、居たたまれない面持ちで顔を上げた女性は、グリムリーパー・リーファだった。