小説
偽り続けた者の結末
 そしてその日は何事もなく一夜を明かし、翌朝からマルセルの結婚挨拶行脚に出かけたのだが───

「ルボミーラはアタシだけど………誰、あんた」

「イェシカ?いえ、私は娘のリネーアですが…」

「マルケータ?おばあちゃんなら先月亡くなりましたけど」

 と、会う女性の全てが、マルセルを『知りません』宣言したのである。

「なーんーでー?!」

 あちこちに連れて行かれたので、もうどこの国なのかも忘れてしまった。
 緑豊かでのどかな田園地帯のど真ん中で、”マルケータ”の孫に逃げられてしまい、マルセルが地面に突っ伏してのたうち回っている。

(疲れた…)

 リーファもリーファで、あちこち連れまわされて辟易していた。
 おそらく”此岸の枷”の影響なのだろう。グリムリーパーとして活動している時は疲労など起こさなかったのに、今は人間と同じように疲弊を感じる。

 ”マルケータ”の孫が逃げていった先を遠目に眺めながら、リーファは引き気味に言う。

「マルセル、あなたさすがに守備範囲広すぎるんじゃ…」
「い、いや、マルケータは全然若い女の子で…!」

 マルセルの物言いにリーファは怪訝な顔をしたが。

(あ───これって、まさか)

 不意に思いつき、リーファはマルセルに聞き直す。

「マルケータって人に最後に会ったのって何年前?」
「え?あー、えー………五十年くらいは前、かな?」
「あー。グリムリーパーと人間との時間差って、やっぱりそうなるんだー…」

 しみじみとリーファは納得した。

 グリムリーパーの寿命は恐ろしく長い。
 最年長と呼ばれるラダマスが千年以上生きていると言うし、リーファの父エセルバートも三百年程度だと聞いている。
 それだけ長いと、五十年など大した時間ではないのだろう。魔王城に勤務していれば寿命の長い魔物はいくらでもいるだろうから、尚の事人間の年齢は意識しづらいのかもしれない。

「人間年取るの早すぎない?寿命短すぎるだろ〜…」

 四つん這いの状態でおうおう泣いているマルセルを、ほんの少し哀れに思う。リーファ自身も、明日は我が身なのかもしれないのだから。

(でも、ハーフって寿命はどうなるんだろう…?)

 あまり考えたくない事を考えてしまう。

 リーファの人間の肉体は、恐らく普通の人間と同じように成長したのではと思っている。ラッフレナンド城にいる貴族の皆様方と比べれば小柄には違いないが、学生時代はリーファよりも小柄な学生だっていたのだ。

 そしてグリムリーパーの体は、初めてその姿を視認した時から変わっていないはずだった。
 父エセルバートも『グリムリーパーに外見の成長はないよ』と言っていたし、恐らく何十年経ってもこの姿で在り続けるだろう。

 しかし寿命という点では、どうなるか分からない。
 人間として死んだ後、グリムリーパーとして活動出来るのか。
 あるいは、グリムリーパーの力を失い魂だけの存在になってしまうのか。
 父エセルバートも分からないらしく、『そんな先の事を考えて何になるんだい』とはぐらかされてしまったし。

(グリムリーパーとしてずるずる生きて行くのは、何かちょっとやだなあ…)

 解決しそうもない考察は打ち切り、リーファは消沈しているマルセルに人間として説いた。

「最初のルボミーラって人は本人だったようだけど…。
 側に十歳位の男の子がいたし、知らないフリしたかったのかもしれないね。
 まあ半年も会わなければ、普通は次の男探すでしょうから」
「人間の女の子薄情すぎない?!」
「女性の旬は短いの。次いつ会えるか分からない人なんて、待ってられないのよ…。
 って、知り合いの女の人が言ってたから…」

 知り合いの女の人───エリナの顔を思い出して、ラッフレナンドを思い出す。
 里心がついた訳ではないが、いきなり連れてこられたので、あちらがどういう状況なのかが分からない。側女の”中身”がいない位で騒ぎになっている事はないにしても、自分の人間の体が心配だ。

「まあいいわ。で、これで全部?私さっさと帰りたいんだけど」

 顔を上げたマルセルは、涙と鼻水で土埃でべちゃべちゃになっていた。その必死な表情を見て、リーファは思わず「うへえ」と呻いてしまう。

「ま、待って。もう一人、もう一人いるから!」
「今度は生きてる人なんでしょうね?」
「最近!半年前に会ったから大丈夫だから!」

 何とも微妙な時期の話をされ、リーファは顔を曇らせた。
 しかし考えようによっては、これでラッフレナンドに戻る目処が立ったと言えた。やっと帰れると思えば、気持ちも軽くなる。

「半年ねえ…次の男に行ってそうな気がするんだけどなあ…。
 じゃあその子のとこ行ったら役所に行ってね?」
「うう…はい」

 袖で涙を乱暴に拭って、マルセルは起き上がる。

(グリムリーパーの恋愛って、大変なのね…)

 マルセルのみじめな姿を見て、リーファは同情の溜息を零した。