小説
偽り続けた者の結末
 橋渡しの腕輪を使って飛んできた場所は、のどかな山間部だった。
 街道から少し外れた森の中に到着する。木々の合間を縫って覗くと、どこか寂れた村が見えた。

 村の規模はそこまで大きくない。十戸ほどの木造の家が立ち並び、手前には広大な平地に畑が耕されている。山にも人の手で植えられたような木が広がっているようだ。時折鶏の鳴き声が聞こえてくるから、一般的な農村地帯と言える。

 森の中の獣道を抜け、街道に出る。村の入り口に立てられたボロボロの看板には、”メーノ”と書かれていた。

「よくこんな所で出会ったわね」
「その子とは、この先の街のプリュランで出会ったんだよ。
 色々話してたら意気投合しちゃってさー。
 この村の一番偉いヤツの娘らしくって、一時かくまってもらったりもしたんだよなー」

(かくまってもらうような何をしたの…)

 つい突っ込みそうになったが、マルセルのこの性格なら、問題ごとの一つや二つ起こしていてもおかしくはない。

 それよりも二つの地名が出てきて、リーファの中で思い当たる事が湧いて出た。

「…もしかしてここ、ラッフレナンド領内?」
「お、よく分かったな。
 魔王城で手続きするつもりだったから、ここで最後にするつもりだったんだよ」

 何も考えずに回っていると思っていたが、一応考えてはいたようだ。

 メーノの村に入り、木造の家屋を抜けていく。
 途中で作業着を着た村人の幾人かと出くわすが、こちらを見るや無関係だと思ったらしく、そっぽを向いて引っ込んでしまった。

 舗装もされていない土の道を奥へ奥へと進むと、途中から何故か石畳に変わって行った。そしてその終点の建物を見る。

 周囲は高い壁で覆われており、両開きの鉄柵扉が唯一の門のようだ。門の先は庭になっているようで、左右には大きい噴水が水しぶきを上げている。そしてその先には一つの大きな屋敷が鎮座していた。

 壁は青みがかった白、屋根は暗緑色の建物だ。中央に正面玄関があり、建物自体は左右対称に出来ている。二階建てで、見上げると左右に行き来できる屋根付きの渡り廊下がある。そこからならこの玄関前の庭も映えて見えるのだろうか。

 先の農村風景と相まって、なんとも場違いな建物だ。しかし、これほど分かりやすい”一番偉い人の館”もないだろう。

 マルセルがまるで自分の家かのように鉄柵扉を開け正面玄関へと歩いていくので、リーファもそれについていく。
 玄関扉につけられている獅子の型のドアノッカーで、カン、カンと叩くと、しばらくして執事服を着た総白髪の老人が扉を開けた。

「はいはい。何用ですかな?」

 何とも緩い雰囲気で老人が顔を上げるが、マルセルの顔を見るなり、分厚い眉毛がひくりと動いた。

 無表情のまま言葉なく立ち尽くしている老人に、マルセルは手を上げて愛想のよく声をかける。

「よ、ヘリット、久しぶり。セアラいる?」
「………………」

 ───ぱたん、かちゃ。

 老人は無言のまま扉を閉め、加えて鍵までかけたようだ。

「「………………」」

 手を上げたままの体勢で固まるマルセルを見ているのも飽きて、リーファは表の庭をぼんやり見やる。人工的に植えられた木はちゃんと手入れがされており、ちゃんとした職人が仕事をしているようだ。

 顔を扉へと向け、相変わらず固まったままのマルセルに訊ねる。

「もう行かない?なんか会ってくれそうにないみたいだし」
「い、いや、まだだ!
 直接会って話を聞いてもらえば、俺の事思い出してもらえるはず!」

 結婚報告に来たはずなのに、思い出してもらう事に考えが移行してしまったようだ。それでいいのかと思ったが、今までが今までだっただけに、仕方がないのかもしれない。

 マルセルはドアノッカーをガンガン叩き散らし、扉の向こうに叫び続けた。

「おーい、セーアーラー。俺だよ、マルセルだよ!
 開けてくれ!話を聞いて欲しいんだ!
 半年も音沙汰なくて悪かったよ。俺もどうかしてたと思う!
 これからの俺と君の事で、話し合いたい事があるんだ!お願いだ!ここを開けてくれ!」

(うわあ…)

 とても誤解を生みそうな発言に嫌な予感がして、リーファは二歩、三歩と下がっておく。

 やがて、屋敷の中からがたごとと物音と喧騒が聞こえてきた。誰かと誰かが言い合っているようだ。
 そして。

 ───かちゃ、がちゃ!

 勢いよく開けられた扉から飛び出してきたのは一人の女性だった。

 年の頃は十代後半か。赤銅色のロングヘアーを結い上げ、蒼い瞳に涙をいっぱい溜め込んで今にも零れそうだ。お嬢様然とした空色のワンピースを着ており、やはりと言うべきか、マルセルがお好きそうな控えめな体型だ。

 彼女はマルセルに抱き着き、その胸の中でおいおいと泣き崩れた。

「マルセル!」
「セアラ!」
「ああ、マルセル!今日と言う日に来てくれるなんて夢のよう!
 これもきっと、神様の思し召しね。あなたはやっぱり、わたしを助けてくれる勇者だわ!」
「セアラ…会いたかったよ。
 君が会ってくれなければどうしようかと思ってたくらいだ。相変わらず美人だね」

 容姿を褒められて、セアラは頬を赤らめた。マルセルの胸をぽこぽこ叩きながらも何だかんだ嬉しそうだ。

「んもう、そんなに褒めても何も出ないんだから!
 さあ、ここはあなたの家なのだから早く入って。お父様も話せば分かって───」

 ようやく視界の端にその姿を見つけたらしい。セアラは大きく見開いた瞳でリーファを凝視し、マルセルに問いかけた。

「だれ、あのおんな」

 膨れ上がっていく怒気に、気づいているのかいないのか。マルセルはあっけらかんと答える。

「うん、紹介するよ。彼女の名前はリーファ。俺の結婚相手だ」
「そう。───ころすわ」
「えっ」

 流れるような動きで、セアラがマルセルからすり抜ける。
 リーファから目を離さずに背中に手を回し、どこに引っ掛けていたのか抜身の包丁を取り出した。

(なんでそんなもの持ち歩いてんの!?)

 リーファはというと、嫌な予感がしてから既に十歩ほど下がっていて、庭の真ん中あたりまで来ていた。今もなお後退中だ。

 無表情のまますたすたと近づいてくるセアラに身の危険を感じ、リーファはぼうっと見ているマルセルに訴えた。

「マルセル!突っ立ってないでなんとかしてよ!?」
「何わたしのマルセルを呼んでんのよこのアバズレがぁ!」

 その言葉を皮切りに、セアラは包丁を握りしめて突進してきた。