小説
偽り続けた者の結末
「あああ、もう!」

 吐き捨てながらリーファは噴水の方へと回り込む。サイスもないし非実体化もできない以上、接近されたらあっという間に包丁の餌食だ。

 噴水の周囲を走りなんとかセアラと距離を取ろうとするが、セアラも負けじと追いかけてくる。
 女性としてはそこまで足が速い方ではないようだが、リーファも使い慣れていない体だから足は速くない。おまけに、顔の下で上下左右に動く肉の塊が走りを邪魔する。

(体が、重い!)

「嫌味かー?!」

 口に出して言ってはいないのだが、何か伝わってしまったのか。セアラは大きく振りかぶり、包丁を投げつけてきた。

 ───ヒュッ!

「うわ、ひゃあっ?!」

 直撃こそしなかったがリーファの顔を包丁が掠め、バランスを崩す。包丁は鉄柵扉側の壁に当たり、芝生の上に落ちた。
 派手にすっ転んだリーファは慌てて起き上がろうとするが、それをセアラは阻んだ。

 ───ばちん!

「───っ!」

 包丁の代わりに思いっきり平手が飛んできて、リーファの側頭部を強かに打ち付ける。勢いに負け、体が芝生の上に倒れ伏した。

「ふん、マルセルったらこんなブスのどこがいいのか。
 …まあ、死んでしまえばどーでもいいわね」

 鬼の形相をしたセアラの手が、リーファの襟首を掴んで引き寄せた。
 力を籠めて引きずって行こうとしていくその先には、噴水がある。

(噴水に落とされる───?!)

 さすがにぞっとして、身を起こそうとした───その時。

「しっつれーい!」

 第三者の声と共に、リーファの視界に何かが飛び込んできた。
 丸いものだ、と認識した。直後。

 ───ぼっ!

「がっ?!」

 飛び込んできた丸い塊がセアラの後頭部に直撃し、派手な音を立てて爆発した。衝撃と爆風をモロに喰らって、セアラの体が横に吹っ飛び芝生に転がっていく。

 リーファも多少は衝撃を受けたが、セアラの手が外れてくれたおかげでその場に倒れただけで済む。

「…ふう、何とか間に合ったかな?」

 丸い塊を放った人物は、鉄柵扉の側にいた。リーファが痛い頬をさすりその人物に焦点を合わすと、金色の髪に紅色の双眸を持つ少女だった。

「リャナ…?!」
「リーファさん、おっひさっ」

 リャナは愛想のよい笑みを浮かべて手を振って、リーファの元へ寄ってきた。座り込み、リーファの頬や体を確認している。

「リャナ…なんで、こんなところに?」
「そりゃもう。リーファさんを探しに、だよ。
 ほっぺ痛くない?グリムリーパー用の傷薬、持ってきたけど」

 どうやらリーファが不在の間に、ラッフレナンドに来ていたようだ。アラン達に言われ、リーファを探しに来てくれたのだろう。

(村に来てからそんなに経ってないのにここに来れるなんて…。
 きっと、魔王様が手を貸してくれたのね…)

 魔王の手を借りるとはなかなか豪勢な探し方だが、身の危険が迫っていたリーファとしては感謝するしかない。

「そんなのがあるんですね………大丈夫です。そこまでではないので。
 ありがとう、来てくれて。助かりました」
「どういたしまして。
 …あれ?リーファさん、”此岸の枷”つけてる?」
「ええ。マルセルにつけさせられてて───」

 そんな話をしていると、三人の男達がこちらに駆け寄ってきた。
 一人はマルセル、もう一人は先程見た執事だ。

 そしてもう一人は、赤銅色の髪をツーブロックに刈り上げた小太りの中年男だ。彼と執事は、気絶しているセアラの側に駆け寄っておたおたしている。

「あのセアラって人、大丈夫かしら…」
「大丈夫だよ。あの砲丸は、派手な爆発の割に威力は低いんだ。
 そうじゃないと子供のおもちゃにできないし」
「大分派手に吹っ飛んだ気がするんですけど、あれで子供のおもちゃなんですね…」

 マルセルだけはこちらに近づいてくる。
 彼は、側にいるのがリャナだと気づくと、一瞬嫌な顔をして見せた。

(ああそっか。ふたりとも魔王城で暮らしてるから、顔は知ってるんだ…)

 頑張って笑顔を取り繕ったマルセルは、リャナに恐る恐る声をかけてきた。

「や、やあ、お嬢〜、ご無沙汰しております〜。今日はいい天気ですねぇ〜」

 呑気に挨拶から始めたマルセルを、リャナはじろりと睨んだ。
 マルセルが「うっ」と呻いて怯んだところを見計らって、リャナは汚い言葉で吠えたてた。

「いい天気じゃねーだろが!リーファさんをこんな目に合わせて…!
 覚悟、出来てるんだろうなぁ、ああ?!」
「そ、そんなに柄悪く怒らないで下さいよぉ。
 まさかこんな事になるなんて思わなかったんですからぁ」
「頭悪いの?ねえ。バカなの?
 まっったく関係ないリーファさんを修羅場に巻き込むとか。ねえ?!」
「悪かったと思ってますぅ…」

 年端もいかない女の子に対して、マルセルは平身低頭で土下座までして見せている。大仰且つ手慣れた仕草は、普段の魔王城での暮らしぶりが伝わってくるかようだ。

(魔王様の愛娘は、怒らせると怖いでしょうけど…。
 ちょっとこれは媚びへつらいすぎじゃ…)

 同胞の無様な姿から目を逸らしていると、中年男性がこちらに近づいてくる。その先を見ると、執事がセアラの肩を担いで屋敷へと運んでいた。

 中年男性は、謝罪の相手はリーファだと認識したようだ。彼が申し訳なさそうに頭を下げると、頭頂部が少し薄くなっており、それが何故だか哀愁を誘った。

「先ほどは、わたしの娘が失礼致しました。
 わたしはルーサー=ウォルトン。この村の村長をしております。
 …あのぅ、ここでこうしているのも何ですので、どうぞ中へお入りください。
 そちらで話は伺わせて頂けたらと…」

 どこか頼りないルーサーを見て、セアラがマルセルみたいな男に引っかかった理由が何となく分かったような気がした。