小説
偽り続けた者の結末
 昼食がてらのピクニックを終え、リーファ達はラッフレナンド城へと戻ってきた。
 結局、マフラーは一枚キリの良い所まで編む事は出来た。仕上げは次回、といった所だ。

 完食したバスケットと水筒を食堂に返し、人間の体を側女の部屋へ戻し寝かしつけて、アランとリーファは3階の来賓用の寝室へと入っていった。

 寝室は東側にある部屋だから、この時間は窓から日が差さない。その為部屋の中はほんのり暗く、ほんのちょっとだけ不安を感じさせた。

「───っ?!」

 扉を閉じて早々、アランはリーファを扉に押し付けてきた。狼狽えている隙に乱暴に頭を掴まれ、リーファの唇にアランがキスする。舌を差し込まれ口腔をかき回され、リーファの呼吸が一気に乱された。

「ん……ふ、うう………んぅ……!」

 リーファの口腔を満喫しながら、アランは胸を服越しに揉みしだき、大腿を撫でまわす。強引だが情熱的な愛撫に、リーファの体は身震いし目が潤んだ。
 唇を解放されてリーファはようやく我に返り、身をよじって抵抗する。

「陛下…、陛下…!まだ、日も明るいうちに、こういう事は…っ」
「何を言うか。昼で腹を膨らませたら、軽く運動するべきではないか?」
「い、今でなくても、夜に…!」
「本気でそう思っているのか?
 私には、お前の体が疼いているように見えたのだがな」
「!?」

 扉に押し付けられたまま、アランと体が密着する。

「リーファ」

 アランに顎を絡めとられ、耳元で囁かれる自分を呼ぶ声に鳥肌が立つ。

「…せ、セアラです…」
「どっちでもいい。
 私はな。お前が昨日してくれた献身が忘れられないのだ」

 昨日と言われ、夕方から色々やらかした事を思い出し、顔が赤くなった気がする。
 リーファの恥じらいはアランにも伝わったようで、満足そうに口元が吊り上がった。

「昨日はお前の働きに応えてはやれなかった。だが、今日なら別だ。
 お前がしてくれた事全てに、全力を以て応えてみせよう。
 ───まさか、昨日散々誘っておいて、今日は出来ませんなどとは言うまいな?」

 どこか挑発するかのように笑うアランに見下ろされ、リーファは身を小さくした。

(忘れてて欲しかった…!)

 昨日は、あまりにも元気がなかったアランにあれこれと世話を焼いていたのだ。
 今日明日の時間を捻出したくてアランが頑張っていたと聞いたし、正妃候補としてどう労うのが正しいか試行錯誤した覚えがある。

 食事は、スープに息を吹きかけて冷ましてから口に運んであげ、口元についたソースを舐めとってみた。
 入浴は、石鹸の泡を体に纏わせスポンジ代わりになってみたり、馴れ馴れしく触ってみたりした。

 冷静に考えなくても、人間の体でやれば失笑されかねないはしたない事ばかりだ。酔ってた訳でもないのに仕出かしてしまった痴態は、出来れば無かった事にして欲しかったのだが。

(でも、やっぱりああいうのが良いのね…)

 結局は、グリムリーパーの体のように肉付きが良い女性の”献身”を求めているのだろう。食事を改善しても顔や足にしか肉がつかない人間の体は、さぞや物足りなかったに違いない。

(”献身”か…。
 昨日はあんまり反応してくれなかったけど、そう思ってもらえるんなら悪い気はしない…かなぁ)

『全力で応えてみせる』と言ったアランがどう応えてくれるのか、気にならないと言ったら嘘になってしまうが。

「あ、あの」
「ん?」

 リーファはもじ、と体を揺らして、上目遣いでアランに訊ねた。

「汗を流してからじゃダメですか…?」

 恐る恐るの提案に、アランは呆れたようだ。はあ、と大きく溜息を吐いている。

「自分で何をしたか忘れたか?まずは私に熱い抱擁をしてくれただろう」
「でも、今日は外にいて汗をかいたので…匂いが」

 リーファの言葉に、アランは怪訝な顔をしていた。まるでその返答は考えていなかった風だ。

「…お前は自分が汗臭いと思っているのか」
「え、はあ、まあ。なんとなく」
「香水は」
「し、していないです…」

 不意にアランはリーファの背中に手を回し、強く抱き締めてきた。

 一瞬抵抗しようかとも思ったが、アランはリーファの頭に顔を埋め頬ずりしているだけだ。彼が大きく深呼吸を何度かしてみせるものだから、息が触れて何だかこそばゆい。

「…グリムリーパーは不思議な生き物だな。
 お前の肌は、花の様に甘い香りを放っているというのに」
「そう…なんですか?」
「自分の事なのに自分の事を知らないのか。呆れた話だ。
 とはいえ、そういうものかもしれん。お前の口づけは───」
「っ」

 アランの唇が、リーファの唇を塞ぐ。乱暴なものではなく、口の中を味わうように何度も舌を滑り入れる。

(あ、やだ───)

 されるがまま弄ばれ、吐息が荒くなる。変に興奮していると自覚した途端にアランは意地悪く唇を離し、ベロリと舌なめずりした。

「甘露の様に甘いぞ」

 そのギラギラした笑みを見て肌が粟立った。
 これは肉食獣の眼光だ。目の前に誘うように近づいてくる獲物を、どう捕えようか、どう蹂躙しようか、逃げられないようどう立ち回ろうか。それだけを考えている目だ。

(こわい…)

 恐怖だと自覚は出来たが、食い入るように見つめてくるアランにリーファも目が離せない。すっかり呑まれてしまった。

「だから汗臭さなど何の問題でもない」
「は、はい…」
「むしろ嗅ぎたい。だからそれを流されて消されたらかなわん」
「な」
「それで?どうしてくれるんだ?ん?」

 強要してきているのか甘えてきているのか。
 抱き寄せ耳たぶに鼻を摺り寄せてせがむアランに、リーファはとうとう観念した。

「…では、せめてベッドで…」
「ふふん、いいだろう」

 手慣れた様子でアランはリーファを抱き上げ、ベッドまで歩いていく。
 アランは自分がベッドに座り、膝の上にリーファを座らせた。ちょうど、昨日と同じようだ。

「さあ、昨日と同じように、私を労わっておくれ」
「…はい」

 促され、リーファはワンピースとブラウスのボタンを順番に外していく。
 その間、アランはその露になっていく肌を満足げに眺めているので、無性に気恥ずかしい。

「…な、なんだか、恥ずかしいです…」
「ふん、昨日はあれだけ大胆な事をしておいて何を今更」
「あ、あの時は、あんまり反応してくれなかったので…。
 調子に乗りすぎたと、思っています…」

 そして最後にブラジャーのフロントホックを外し、ほんのり歯形やあざが残る胸を少しだけはだけさせる。
 両手を突き出して、アランを招いた。

「…はい、どうぞ」

 招かれるまま、アランはリーファの谷間に顔を埋めてきた。

 胸の内を、昨日とは違う強い意志で蠢くそれがくすぐったい。でも意外にも可愛く思えてきて、リーファは半笑いを浮かべてアランの頭をかき抱いた。
 自分の顎の下でもみくちゃになったアランに問いかける。

「苦しいですか?」
「いいや。いっそ心地よい位だ。もっと圧し潰していいぞ」

 肉の塊に埋もれてなんとも間抜けだが、本人は嬉しそうだ。

「ん…っ」

 アランもされるがままという訳ではなく、スカートの中に両手を伸ばしていく。
 ストッキングを抜け、ガーターリングを撫で回し、ランジェリーに指をかける。
 指先で形状を確認しながら、リーファに訊ねてくる。

「リボンが左右についているな。フリルがついて可愛らしい…私への贈り物かな?」

 ランジェリーを弄ぶ指がくすぐったくて、リーファはもぞもぞ身をよじりながら答える。

「はい…今日の為に選びました…」
「貰っても?」
「どうぞ………リボンを、ほどいて、貰って下さい……」

 羞恥で顔を赤くしているリーファを満足そうに眺め、ランジェリーの片側のリボンを解こうとアランが指を絡めた───その時。

 ───こんこん。

 唐突に部屋の扉がノックされ、ふたりの動きがぴくりと止まった。

「…陛下。今こちらにおられますでしょうか?」

 声の主はメイド長のシェリーだ。どこか焦っているようにも聞こえる。

「…今良い所なのだが」

 リーファの谷間に埋もれながら、不満そうに扉の方へと声をかけるアランだが、

「失礼いたします」

 知った事かと言わんばかりにシェリーは扉を開け、入室し、恭しく頭を下げた。

「お楽しみ中申し訳ありません。来客がいらしています」
「後にしろ」

 リーファとのお楽しみを続行しようとしていると、シェリーから冷ややかな言葉が返ってきた。

「ルーサー=ウォルトン様が、セアラと名乗る女性と一緒にお越しですが。
 後になさいますか?」

(───は?)

 まさかの名前に、リーファの顔がさっと蒼くなった。

 アランもまた険しい顔をして、リーファをゆっくり解放する。
 リーファはベッドから降り、乱れた胸元を手で隠した。

「…どういう事だ」

 ベッドから降りたアランに問われるも、リーファは顔を横に振るしかない。

「私は、何も…てっきり村で待っているとばかり…」
「では、何かがあったという事か」

(何かって、一体何が…?)

 いきなりの事態にリーファの身が竦む。緊張からか、自然と体が震えてくる。

 アランはそんなリーファを見下ろし、顎に指をかけてキスをしてきた。

「ここで静かにしていろ。話を聞いてくる」
「はい…」

 小さく頷いてみせると、アランは振り返らずにシェリーと一緒に部屋を出ていった。