小説
偽り続けた者の結末
 ベッドに腰掛け、寝室の扉をただ眺めて少しが経つ。恐らく数分程度だろうとは思うが、何時間も経過したかのような気持ちで、この城の主を待ち望む。
 そして、不意にセアラ達の顔が脳裏に過り、リーファは憤懣やるかたない気持ちで歯噛みした。

(…何で来たの?世間話をして、さっさと村へ帰ってよ。
 そうじゃなきゃ、脅迫されてまでここに来た意味が───)

「あー。いたいた」
「───っ?!」

 背後から聞こえてきた声に悲鳴を上げそうになった。
 奥歯が砕けそうなほど食いしばり、大きく吸った息をただ吐き出す為だけに用い、数回、ただただ深呼吸をするよう努めた。
 恐怖を抑え込み、怒りを落ち着け、言わなければならない事を頭に入れて、意を決して振り返る。

 ベランダへ続くガラス戸の手前に、カーマインカラーの髪を一つに束ねた青年が───

(青…年?)

 そう表現するにはあまりにもかけ離れた彼の容姿に、リーファは恐る恐る名を呼んだ。

「マル、セ、ル…?」
「イントネーション上げるの止めてね、ホント」

 そこにいたのは確かにマルセルだったが、何故だか少し老け込んで見えた。
 暗がりで陰影が分かりにくいのを差し引いても顔色は良くないし、ほうれい線がくっきり見えている。そして何より、髪質に元気がない。

「俺だって嫌なんだよ…何で好き好んでこんな顔…!
 セアラがあんまり年齢の事を口に出すもんだから、どんどんルーサー寄りになっちまって…」

 苦々しく吐き出された二つの名前に、リーファはふと我に返った。
 ベッドの上を這ってマルセルに詰め寄り、近づいて来た彼の両腕を鷲掴みにした。

「そうよ、あのふたり!
 今この城に来ているらしいんだけど、何があったの?!あとリャナは?」
「ああ、ああ。そんなに怒んないで。悪い、最初から説明するから」

 老け込んだおかげで気持ちも弱くなっているのか。マルセルは消沈した様子で話し始めた。

「リャナ様は無事だ。あの人はその気になりゃ、あの場を一人で切り抜けれるだけの力はある。
 ただ、荷物だけは取り返したくて、大人しくしてたみたいでさ。
 ふたりで上手く抜け出せる機会を伺ってたんだが…代わり番こに見張られて身動き取れなくてさ…。
 …で、あんたが村を出て二日位経った頃、お迎えが来たんだよ。魔王様が直々に」
「───!?」

 言葉を失い、総毛立つ。
 愛娘が人間の村に監禁されている状況を見て、魔王がどう思ったか、と考えたらぞっとした。最悪、村自体が無くなっていたとしても不思議ではない。

 口をぱくぱくさせてマルセルに訴えていたら、うんうんと頷いてリーファの疑問に答えてくれる。

「ああ、村に被害とかはないから。
 俺とリャナ様、あと荷物一式も含めて、魔王城へ強制転送されただけ。
 そこから一日お説教だよー。
 で、やーっと終わったと思ったら、今度はラダマス様に連れてかれて、そこでも丸一日説教で………どいつもこいつも、何で年寄りってのは説教好きかねえ。
 ───あ、リャナ様は謹慎するよう言われてて、当分こっちには来れないってさ」

 リャナの無事と魔王の温情に安堵したのも束の間、リーファは不意に湧いた疑問に首を傾げた。

(魔王様って、確かマルセルよりも年下よね…?)

 父エセルバートの話だと、魔王はエセルバートより年下らしい。つまり、魔王はマルセルよりも年下と言う事になる。
 自分の事は棚に上げて年寄り扱いなのはいかにもマルセルらしいが、そこに突っ込みを入れても仕方がないだろうか。

「…そ、それでなかなかこっちに来なかったのね…」
「ラダマス様は、俺がとっくにあんたを解放したもんだと思ってたらしくてな。
『何をしているんだ。早く行きなさい』ってケツ蹴とばされて。
 で昨日、ゴミ捨て場に捨てられてた鍵をようやく見つけて…で、あんたを探しに来たって訳だ。
 ったく、魔王城の仕事外されたからってロッカーの中身捨てるとか酷くない?」

(それだけ日頃の行いが悪すぎるんでしょうよ…)

 口から出かかった突っ込みは、あえて首を縦に振っただけにしておいた。

「それにあんたの居場所分かんなくて焦ったし。
 前にいた部屋は、昼頃行った時はもぬけの殻だったし」

 よくよく考えたら、待ち合わせをしていた訳ではないから居場所が分からなくても当然だ。すれ違っていた可能性を考えたら、再会できたのは運が良かったのかもしれない。

「あー…午前中は体の方も動かして、一緒に出掛けていたから…」
「へえ、体と馴染みがあるとそういう使い方も出来るのかー。それは知らなかったな」

 興味ありげに小首を傾げたマルセルだが、リーファとしてはそこの説明をする余裕はない。

「そんな事より、鍵、早く外してよ」
「おっと、そうだったな。後ろ向いてくれ」

 言われるまま、リーファはベッドの上でマルセルに背中を向けた。

 横目で見やると、マルセルの手の中に小振りな鍵のようなものがある。鍵を中心に黒い呪文の筋が幾重にも絡んでいた。意外と凝った仕様だ。

 黒革のチョーカーの留め具についていた穴に鍵をぐっと押し込むと、音も立てずに黒い呪文が霧散してチョーカーが外れ、リーファの側に落ちていく。
 直後。

「え?うわ、あ」

 チョーカーが外された途端、体に違和感が広がった。
 肌が盛り上がり、全体が膨らんで服を圧迫する。髪留めはぼろぼろはじけ飛んで、羽根飾りが実体化してきている。

 おろおろしていると、マルセルが今思い出したと言わんばかりに口を開いた。

「あー、そうそう。
 鎧着てるのがデフォだったから、鍵外される前に戻せば当然鎧も実体化するぜ。
 服破きたくなかったら、うまくコントロールして鎧の実体化を抑え込むんだ」

(先に言えーーー!!)

 悪態をつく余裕もなく、リーファは全身に力を集中させた。余分に実体化しているのなら内に抑え込んでしまえばいい。
 目を閉じて歯を食いしばり、深呼吸を繰り返して、内に、内に───

「…お、いいねえ。あんた筋がいい」

 歪に膨らんでいた服は、少し着崩れしながらも元の形に戻って行く。どうやら、鎧の抑え込みに成功したようだ。
 リーファの姿を見て、マルセルは感心した様子で拍手を送ってきた。