小説
偽り続けた者の結末
 褒められてつい気を抜くと、籠手が実体化しそうになってしまう。
 出来るだけ気を逸らさないよう、リーファは服の乱れを正しながら訊ねた。

「…それじゃあ、あのふたりが来ている理由は知らないのね?」
「ああ、全く心当たりはないな。でも想像はつくぜ。
 愛しい恋人がいきなり消えて、近くに手掛かりはゼロとなりゃあさ。
 ちょっとは遠くても知ってそうなヤツに聞きに行くよな」
「というか、恋人に逃げられた腹いせに私に八つ当たりにきたんだと思うけど…。
 あなたがどうなろうと構わないけど、ああいう人はやめておいた方がいいと思うわ」
「あー、俺ももうコリゴリだ。
 人間との付き合いはスリルはあるけど、やっぱり長命の魔物の方が隠し事しなくていい分楽だよな」

 厄介な恋人と離れる決心がついたマルセルは、老け込んではいるがどこか晴れやかだ。その面倒に現在巻き込まれているリーファとしては、何とも腹立たしいが。

(そーゆー事言ってるんじゃないんだけど…。
 でも、もう人間とゴタゴタを起こさないならいっかぁ…)

 半ば諦めの胸中で、リーファはマルセルに声をかけた。

「…なら、もう人間に関わらないあなたに、餞別代わりに一言言わせて?」
「ん、おう。何?」
「人間の三十歳代って、別にそこまで老け込んでないからね?」

 まさかそういう”餞別”を貰えるとは思っていなかったようだ。ぽかん、とマルセルが口を開けている。

「え───え?」

 首を傾げて混乱しているマルセルに、リーファは説明した。

「あのね。この国の王様…覚えてる?あの金髪の人───のお兄様にあたる方なんだけど。
 あの王様よりもずっと見た目若いのよ。確か三十歳は超えてたはずだから。
 別に人間換算で三十歳代に見られても、変に老け込む必要はないと思うの。
 あのルーサーって人が老け込みすぎてるだけ。それだけよ」
「え?え?え?そうなの?人間の三十歳って老けてない?」
「ないから。
 っていうか、そもそもグリムリーパーは年齢と見た目は関係ないでしょうが」

 そう言った途端、マルセルの見た目が変化していく。
 髪は生き生きと跳ね返り、顔のしわはみるみるうちに目立たなくなる。顔色も明るくなり笑顔に活気が戻っていくと、彼は大声で叫んでガッツポーズを取った。

「いよっっっしゃあああああ!!!」
「ちょ、馬鹿!声でかい!」

 非難の声を上げたが彼は気にした素振りも見せない。歓喜の内にマルセルはリーファに何度も抱きついてきた。

「いやーありがとうリーファ。この恩は俺、一生忘れない!」
「忘れていいから!」
「あの王様が嫌になったら俺のトコおいで。グリムリーパー同士仲良くしようぜ☆」
「ああ、もうっ…!」

 上機嫌に投げキッスを贈ってくるマルセルを睨み、リーファは発言を心底後悔した。
 城の中が、わずかに慌ただしくなっていく気配がする。嫌な予感しかしない。

「じゃなー。───よおおおっし、外回り頑張るぞー!!」

 最後と言わんばかりに大声を上げて、マルセルは虚空へとかき消えた。

「………………………」

 誰もいなくなった寝室に、リーファただ一人が残される。どうして良いものかも分からず、雲一つない晴れやかな空をぼんやり眺めてしまう。

 それから程なくして、騒ぎを聞きつけたであろう廊下を走る音が聞こえてきた。
 多分、廊下にある扉という扉を片っ端から開けているのだろう。南の方の部屋の扉を、がちゃんがちゃんと順番に開けていく音が聞こえる。
 そして。

 ───がちゃん!

 ノックもせずに扉を開け放ち、姿を見せたのは赤銅色のロングヘアーと蒼い瞳の年若い女性、セアラだった。
 彼女はリーファの姿を認めると、怒りに満ちた表情で睨みつけてきた。

「見つけたわよこの泥棒猫!よくもマルセルを誑かしたわね!マルセルはどこ?!」

 セアラは部屋をざっと見回しているが、当然ながらマルセルの姿はない。
 そしてリーファもどうしてよいか分からず、セアラの方を見て動けないでいた。

「マルセルは、どこって、聞いてんのよ!」

 セアラが側にあったキャビネットの上の香炉を掴み、リーファに向かって投げようとした。
 ───が、直後扉から一斉に兵士が押し寄せた。

「?!」

 セアラが兵士の突入に怯んだ隙に、兵士の一人が彼女の腕を捕まえ拘束する。香炉は絨毯の上に落ち、灰をまき散らす。

「は?!なんでこっちくんのよ!おかしいで、い、いたいいたい!はーなーせー!!!」

 喚き散らして暴れようとするセアラだが、さすがに城の兵士は振りほどけないようだ。

 遅れて、この城の主アランが入ってくる。ヘルムートも一緒だった。
 アランは、セアラを押さえている兵士に命じる。

「彼女を2階の小会議室へ」
「分かりました」
「は、はなしなさいよーっ!
 わたしはっ、わたしはマルセルをさがすんだからーーーっ!!」

 兵士は、発狂しているセアラを半ば引きずるように連行して行った。

 部屋に残されたのは、アランとヘルムート、そして三名の兵士達だ。
 ここで一件落着めでたしめでたし───という事にはならないだろう。

 兵士達は、ベッドから降りて背を正しているリーファの後ろに回り込み、その手を掴んで拘束した。

 心底嫌そうに、アランがリーファに告げる。

「───女。お前を、国家反逆罪で連行する」

 リーファは溜息を吐き、ただただ項垂れるしかなかった。