小説
偽り続けた者の結末
 日が暮れて、いつもであれば仕事を片付け始める頃合いの役人達が、ラッフレナンド城2階中央にある大会議室に集められる。
 既に、正妃候補を名乗る偽者が捕縛された事は皆が知るところであり、恐らくそれに関する事なのだろうと噂する。

 給仕担当の五人の内の一人として、メイド長のシェリーは紅茶を配しつつ気取られないよう彼らを見やる。多くは、普段の定例会議の参加者で、この城に従事する役人達だ。

(リーファ様を連れてきた御者、デニス=シュミット。
 メーノ村の村長、ルーサー=ウォルトン。
 一日リーファ様と顔を合わせた、ゲルルフ=デルプフェルト様…)

 揃った役者を、シェリーは注意深く観察する。

 デニスは居心地悪そうに身を縮めていた。偽物の正妃候補を連れて来てしまったのだ。その重圧は相当なものだろう。

 ルーサーは椅子に座ってはいるがどこか落ち着きがない。この顔ぶれを見れば、何で呼ばれているのかは察しているだろう。ならば聴衆の数に慄いていると考えるのが普通か。

 そしてゲルルフは、鼻息荒く人差し指でテーブルをかつかつと鳴らしている。腹を立てている原因は、教鞭を執った相手が偽物だったから───だけではないようだ。

(…まあ、あんな言われ方をしたら、腹も立ちますものね…)

 セアラは、話がややこしくなると判断され、宛がわれた部屋で待機させられている。
 その部屋の前には兵士を立たせているという異例の待遇だが、これは”部屋の中を守る”為のものではなく、”セアラを外に出さない”為だと誰かが口にしていた。

 ───かちゃん

 中央奥の扉を開け、アランが入ってきた。後ろにヘルムートも続く。

 関係者らは皆席を立ち、背筋を正して敬礼をした。アランが一つ頷いて着席をすると、彼らも椅子に着席する。

 城で最も広い大会議室に静寂が訪れた事を確認し、アランは口を開いた。

「さて。諸君の中にも既に聞き及んでいる者もいるだろうが、この場で忌憚のない意見を聞きたい。
 セアラ=ウォルトン嬢を騙った偽者の事だ。
 まずは尋問を担当した者より、供述報告があるので聞いて欲しい」

 そしてアランは、後ろに控えていたヘルムートを顎で指示する。
 ヘルムートは一歩踏み出て、自己紹介から始めた。

「尋問を担当したヘルムート=アルトマイアーです。どうぞ、よろしくお願いします」

 裏の読めない笑顔で挨拶した青年を皆が注視し、ざわめきが起きる。

「何故…」
「アルトマイアー殿が」

 そう思われるのも無理からぬ事だと、シェリーは思う。

 平素はアランの側仕えをしているヘルムートだが、実は継承権を放棄した先王の実子だという話は、よほどの若輩者でなければ知っている話だ。
 しゃしゃり出る事はそうそうない彼が、こうして発言の場に立つという事は、今回の一件が王族との繋がりがあるのでは、と疑うのは当然の事だ。もしくはこれを機に発言を強くしていく意図があるのか、と。
 ヘルムートが妻のアルトマイアー姓を名乗っているのだから、その意図はないと見るのが普通だが、それでも気にする者は気にするものだ。

 アランが手を軽く挙げると、静寂が戻ってくる。

「今回、趣向を変える事にしてみたのだ。
 鞭打つ事は簡単だが、それでは苦し紛れに虚言を吐く可能性もあると、少し前に論文を読んでな。
 今回は国を揺るがしかねない事態だ。
 あの女が何らかの陰謀に加担していた場合、嘘を並べられては何の意味もない」

 アランの視線が各官僚に向けられると、指や肩を震わす者がちらほらいる。アランの視線が怖いだけ、という訳ではないのだろう。

「ならばどうするか?簡単な事だ。餌で釣り、懐柔して自白させる。
 …アルトマイアーはこう見えて人を良く見るものだからな。『やってみたい』と言うものだから、私が許可した。
 上手くいかなければ、他の手を考えただけだからな。
 だが実際、偽者は事情を細かく説明してくれたようだ」

 ぎくりと、ルーサーが身を竦ませるが、アランとヘルムート以外は気が付いていないようだ。

 城内での司法を取りまとめている、司法長官のクレメッティ=プイストが口を挟む。貴族服をぱりっと着こなし、艶やかな黒髪をオールバックでまとめた、ちょび髭の似合う壮年の男だ。

「お話は分かりましたが…では何を餌に?」
「ああ、『正直に話せば減刑を検討する』、と」

 クレメッティは大きく溜息を吐き、静かに首を横に振った。

「…そのような事を、わたくしに一言も相談せずに…」

 アランは足を組みなおし、意地の悪い笑みを浮かべた。

「まあそう言うな。私は『検討する』と言わせただけだ。具体的にどうの、とは指示していない。
 …例えば、火刑を断頭刑に変更するのは減刑になるのではないか?その程度の話だ」
「…”物は言いよう”、というヤツですかな。偽者女が不憫ですな」

 それでクレメッティは一応納得したようだ。