小説
偽り続けた者の結末
 アランはヘルムートを見やって説明を促す。彼は供述録取書のページを手に取り、話し出した。

「それではご説明させて頂きます。
 今回捕縛しました女は、ヒルベルタ、と名乗る女です。
 出身はシュリットバイゼとの事ですが、残念ですが時間がありませんでしたので裏は取れませんでした。
 一応持参していた服が、最近のシュリットバイゼでの流行物、という話は確かなようです。
 …彼女は、親戚の男と一緒にラッフレナンド方面へ向かっている途中でした。
 旅の途中で、メーノ村のセアラ嬢がラッフレナンド王陛下と見合いする話を聞いたそうで、予定を変更してメーノ村へ赴いたと言っています」

 一人の男が挙手する。栗色の髪を短く刈り揃えた青年、外務次官パウル=イェイストだ。

「お待ち下さい。その言い方ですと、犯行は衝動的に、と受け取れるのですが…?」
「その通りです。ヒルベルタは、衝動的に今回の偽者騒動を起こしました」

 大会議室が、再びどよめいた。
 当然と言えば当然か。城内の者達全てを欺き、成婚まであと一歩という所まで王と親睦を深めたのだ。多くの者が、用意周到に進められた計画だったのだろう、と思ったはずだ。

 場を収めようとヘルムートが顔の高さに挙手をすると、緩やかだが静まっていく。頃合いを見計らい、話を続けた。

「何故彼女がそのような大胆な事をしでかしたのか───事の発端は二十数年前に遡ります。
 彼女は、ラッフレナンド領のレヴール川の下流で、溺れ流されていた少年を発見。救助した事があるそうです。
 波打つ金髪と藍の瞳の可愛らしい少年で、ラッフレナンドの国章らしき刺繍が縫われた貴族服を着ていたとか。
 彼女は少年を何とか川岸に連れ戻し、一通りの救命措置を施したのですが…。
 複数の馬が走る音に驚いて、慌てて身を隠したと言っていました。
 彼女は、その少年がオスヴァルト先王陛下と共にラッフレナンド領内南部の視察に同行していたアラン陛下だったのでは、と思ったようです」

 ヘルムートの話で驚きの吐息が零れる中、昔を思い出す官僚も少なからずいたようだ。

「…確かに、そんな事がありましたなあ。
 城へ戻られた時、当時の陛下は随分泣きじゃくっておいでで…」
「風呂に入るのも嫌がったとか…。
 ああ、うちの妻がその時期こちらでメイドをしておりまして、そんな話を」
「…もう二十年も前の話だ。そこは忘れて欲しい」

 額を指で押さえて俯き苦笑いで応えるアランに、ははは、と古参の官僚らが笑う。アランは苦々しく反応しているが、この説明の中では当時を知る者の証言はありがたいはずだ。

「…ヒルベルタの用事は急ぎのものでもなく、連れ立っていた親戚の男の方はメーノの村に用があるという話だったそうで、一緒に村へ訪れたそうです。
 ───ところで、ルーサー=ウォルトン殿」
「は、はいい?!」

 ヘルムートから急に振られ、ルーサーは勢いよく起立した。
 顔いっぱいに汗を垂れ流す彼に、ヘルムートは何食わぬ顔で訊ねた。

「お尋ね致しますが、迎えに来たそちらのデニス=シュミット殿以外、来客はなかったという話で間違いはありませんか?」
「は…はい。そうですね。確かに、誰も、来ておりませんでした…」
「そうですか。それでしたら結構。
 ヒルベルタは親戚の男と村で別れ、一人でそちらのお宅へお邪魔したと言っていましたので、間違いはなさそうですね」
「?!」

 ルーサーは顔をしかめ、信じられないようなものを見る目でヘルムート仰いだ。

 一度は書類に目を落としたヘルムートだったが、視線に気が付いてルーサーに問いかける。

「…何か?」
「い、いえ…それで、合って、います…」
「はい、ご回答ありがとうございました。どうぞ、おかけ下さい」

 にっこり笑顔で返されてしまってはどうしようもない。ルーサーは静かに、椅子に座り直した。

「…ウォルトン邸へ訪れたヒルベルタですが、玄関をノックしても反応がなく、屋敷に入った所取り込み中だったようで、1階のどの部屋を覗いても誰にも会わなかったようです。
 当初の目的は、見合いに出向くセアラ嬢の付き人として同行出来ないか、相談するつもりだったとか。
『陛下が当時川で溺れていた少年で、今も恙なく過ごしているか、その確認をしたかった』と言っていました。
 しかし、デニス=シュミット殿がセアラ嬢を迎えに来てしまい、それでもセアラ嬢がなかなか現れなかった為、一つの考えが浮かんだそうです。
 セアラ嬢を騙って、ラッフレナンドへ行ってしまおう、と」

 調書を読み上げられる度に、ルーサーの肩が震えているのが分かる。
 しかしここで反論してしまうと、接点のない事になっているリーファと繋がりがある事が知られてしまう。黙っているしかないのだ。

 ここでアランが口を開いた。御者に顔を向ける。

「デニス=シュミット。どれだけ待たされたのだ?」

 デニスは緊張はしているが恭しく立ち上がり、アランに一礼してから答えた。

「は───二十分ほど、でしょうか」
「判断を欠いていたと思うか?」

 アランの厳しい指摘に、デニスは真一文字に唇を引き締めた。こめかみから伝い落ちる汗をハンカチで拭い、ぽつりぽつりと答える。

「…結果論になりますが、欠いていたと言わざるを得ません。
 まず玄関で、いきなり正妃候補が肌身離さず持たねばならない書状入りのトランクを渡されてしまった所から始まり…。
 トランクを運んでいる間に2階の窓が派手に割れ、玄関へ戻ってみると花瓶が割れたような音が響くなど、お待ちしている間とても賑やかなご様子でしたので…。
 確かに、最初その偽者女を見た時、あまりに品が良すぎて違和感を感じたのは事実でございます」
「…そ、それは私の娘に、品がないと言う意味ですかな…?!」

 向かいに座っているルーサーが、声を震わせてデニスに訴える。
 王とデニスの問答に割って入るなど、普通ならば許されざる行いだ。しかしそういった最低限のマナーも出来ない程の怒りだと、誰もが理解した。

 困って顔を向けてくるデニスに、アランは黙したまま頷いてみせ、ルーサーの怒りに答える許可を与える。
 デニスはルーサーに向き直り、先の発言を弁解した。

「め、滅相もございません。
 あの時の賑やかさは何だったのだろうと、不思議に思ったという話です」

 ルーサーに、官僚らの視線が集中する。彼らの目が『じゃあ何があったんだ』と訊ねて来る。

 怒りに我を忘れていたルーサーも、この視線の渦には耐えられなかったようだ。おろおろと周囲を見回し、額から汗を零しつつ、苦し紛れの言い訳を吐いた。

「…ね、ネズミが暴れていて、駆除に苦労していたのです…。
 娘はネズミが嫌いで…自分の部屋にネズミが出たので、それを駆除しないと気が気でないと…」
「………はあ、ネズミが。左様でございましたか………」

 どうにも釈然としない様子で、デニスが相槌を打った。

「…農村地帯に関係なく、ネズミは厄介なものだからな。
 御者を待たせてまでする事か、と言う気もするが、そういう事もあるだろう」

 身の置き場のないルーサーをアランはフォローしているが、その冷ややかな表情に対して何故だか楽しそうに見えた。