小説
偽り続けた者の結末
「では、別の意見も聞こうか。───ゲルルフ=デルプフェルト」
「はっ」

 デニスが席につくと、ゲルルフは声を張り上げた。
 小柄な彼の場合、席を立つと座っている時よりも目立たなくなってしまうので、座ったままだ。

「お前は偽者女を見てどう思った?」

 ゲルルフの発言は厳格だ。意気揚々と答える。

「偽者は偽者です。罪は罪、しかるべき罰を与えるべきだと思います。
 ───ですが」

 ちら、とルーサーの方を見やり、しれっと続ける。

「品性と教養、そして何より知識を取り入れる気持ちがなければ、王を支える正妃など務まろうはずもありませぬ。
 ワタクシの見立てでは、偽者女は罪人ですがそれら全てを持ち合わせており。
 セアラ嬢は、貴族ではありますが何もかもが足りない。
 ま、どちらもどちらですな」

 セアラに対する明確な謗りに、その場にいた何人かから失笑があった。つられて、それ以外の者達からもクスクスと笑われてしまう。

 公の場で恥をかかされたルーサーは、テーブルを叩いて立ち上がり、ゲルルフを詰問した。

「わ…!わたしの娘が、あんな大罪人と同格だと言うのですか?!」
「その発言に足るよう躾けて来ましたかな?これでもかなり控えめに申し上げているのですが。
 正妃として基礎的な話をしようとお声をかけたというのに、あの小娘がワタクシに何と言ったかお教え差し上げようか!」

 ゲルルフは両腕を組んで、ふん、と鼻であしらった。

 ───騒ぎが起こってから数時間が経過しているが、その間のセアラの行動は目に余るものだった。

 城の宝物庫に勝手に入ろうとしたり、食堂で食べたい物がなければ厨房の者達に土下座を強要したり、ルックスの良い兵士に絡んだりと、今まで色んな正妃候補を見てきたシェリーでも『これは酷い』と断言できるものだ。

 ゲルルフに対しては、
『官僚がしっかりしてれば、正妃が勉強なんてする必要はないでしょ?
 ボケじじいの戯言なんか付き合ってらんないわー』
 とこうだ。ここまで酷いといっそ清々しい。

「ぐ、ぬ、うぅ…!」

 ルーサーは何も言い返す事が出来ず、唸り声を上げながらも渋々椅子に座り直した。

(───いよっしっ!)

 シェリーは、心の中で静かに握り拳を突き上げた。

 リーファの礼儀作法は、彼女がここへ来てからシェリーがみっちり教え込んだものだ。
 当時はアランとの進展のなさを嘆いての対策だったが、こういう形で評価されるというのもまた悪いものではない。

 しかし一方で、普段のリーファが同じ作法をしていても、良し悪しについて何も言われないのだ。
 やはり、平民の娘である事や魔術師である事が起因しているのでは、と思う事はある。結局は第一印象なのだ、と思わざるを得ない。

 ピリピリした雰囲気の中、ヘルムートはアランに声をかけた。

「───陛下、よろしいでしょうか?」
「ああ、続けてくれ」
「はい。それでは話の続きを致します。
 …と言っても、後の事は皆様もご承知の通り。
 ヒルベルタはセアラ嬢を騙り、ラッフレナンド城へ入城。
 見合いを進めておりましたが、三日目でウォルトン殿らが来城し、偽者である事が発覚。
 捕縛の流れになります。───あ、そうそう」

 思い出したようにヘルムートはアランに訊ねた。

「ヒルベルタより、陛下へ伝言を預かっていたのを失念しておりました。今こちらで読み上げても?」
「いいだろう。彼女は何と?」

 供述録取書の次のページを開き、ヘルムートはそれを読み上げる。

「『減刑のお話しがありましたが、名を偽り陛下に近づいたのは紛れもない事実ですので、如何様な処罰でも喜んでお受け致します。私は陛下とお話し出来て望外の幸せです』───と」

 場がざわつく。官僚の中には、その言葉に感銘を受けた者もいたようだ。死刑になるかもしれない状況で嘆願もしないとは、なかなか出来る事ではない。

「…実に、実に涙ぐましい話ですな」

 クレメッティはこう呟くが、特に感動もしなかったようだ。必ず疑ってかからないといけない仕事柄、何か裏があるのではと踏んでいるのだろう。実際、そうなのだが。

 アランはテーブルに肘をついて溜息を零した。

「正直、考えあぐねている所だ。
 確かに彼女は国を脅かす罪を犯したが、一方でかつての私を助けている。
『罪を犯す者は生来罪人だ』などとのたまう者はいるが、身の危険を顧みず私を助けた事は罪に値するものなのか?とな」

 ざわりざわりと官僚たちが騒ぎ出す。
 デニスやゲルルフは眉根を寄せて考え込んでしまうし、すっかり蚊帳の外のルーサーは俯いてただただ時間が過ぎるのを待っているようだ。

「…素直に仰っても良いのですぞ?『ヒルベルタを減免し、側に置く方法はないか?』と」

 ただ一人、クレメッティが発した言葉で、場が凍り付いた。

 多くの官僚らの中に”減免”の文字はちらついたであろうが、それを発言するのは躊躇われただろう。
 のどかな昼下がりのティーパーティーの最中であれば、『かわいそうに』と発言しても誰も咎めないだろうが、ここは会議の場だ。
 何事もなかったとは言え、国の在り方が脅かされたのだから、情状酌量の余地があろうとも罪は償わなければならない。

 沈黙の中、アランは眉根を上げた。どこか挑発的にクレメッティを見やる。

「…そんな風に聞こえたか?」

 アランは言葉遊びに興じたいようだが、クレメッティは応じなかった。彼は困ったように溜息を吐く。

「実のところ、わたくしの所に幾人か相談をしに来た者たちがいましてな。
 どうやら、偽者女の立ち振る舞いや陛下との仲睦まじい様子を見ていたようで、『何かの間違いでは?』だの、『深い事情があったのでは?』だの、『あの方を死刑にするなら宮仕えを辞めます』だのと、減免の手立てはないかと話が持ち上がっていたのです。
 ま、結論から申し上げますと、判例があります。減免は難しくないかと。
 しかし側に置くとなると、まずは何らかの罰は与えないといけませんので、そこはご承知頂きたい」

 饒舌に喋っているクレメッティを見下ろし、シェリーはなんとなく理解した。

(陛下の意図を酌んでいますね…)

 単純に女を側に置きたいという野暮な理由では、普段のこの男はここまで動かない。その先に何かあるだろうと睨んでいるのだ。

(…貸しが高くつかないといいですね)

 ちら、とアランを見やるが、さすがに彼はシェリーの方を見返しはしない。クレメッティの答えに満足したアランは、椅子に背を預けた。

「…そんなつもりで言ったわけではないのだが…しかし、それならそれで良い事だ。
 つい先程まで肌を合わせていた女の首が、明日には落ちているなど考えたくもないからな」
「それでしたら明日、裁判の席でそのヒルベルタとやらからもう少し話を聞きたいものですな。
 アルトマイアー殿の話では情状の部分が欠けるものですから。
 …供述録取書とはそういうものなのですがね」

 アランとクレメッティのこの会話によって、明日の裁判の方向性は決まったと言えた。
 ”ヒルベルタ”にもう一度尋問をして、内容を見定めて刑の執行と側女の登録を行う。そんな流れになるはずだ。

「───お、お待ちください」

 話が纏まり解散になろうかという雰囲気になって、一人の男が声を上げた。先程までずっと黙り込んでいたルーサーだ。
 視線が自身に集中して少し怯んだが、意を決してアランに訊ねる。

「わ、わたしには分かりかねます。
 何故そこまでして、偽者の女を囲おうとなさるのですか…?」
「…ふむ、女を囲う理由か。敢えて言うのならば───」

 アランは不意に口元を緩めた。何かを撫で、弄るように虚空に手を滑らせる。

「男であれば誰しも思うのではないか?───体の相性の良い女は、手放したくないと」

 会議の場が不本意にも和やかになる。一部の人間は呆れた様にして、一部の人間は冷ややかな反応をしているが、それ以外の大部分はアランの発言が笑いを誘ったようだ。

(全く…いつからこんな下品になったのか…!)

 シェリーが半眼でアランを睨んでいたら、側にいたヘルムートが窘めるように苦笑いを向けてきた。