小説
偽り続けた者の結末
 次の日の朝、リーファは自分の体を使って起床した。
 城内の慌ただしさの邪魔にならないよう、さっと身支度を整え、食堂で簡単に朝食を取り、早々に自分の部屋へと戻って行った。

 廊下は、時折巡回の兵士が行き来する。いつもなら兵士は一人だが、今回は六人ほどが隊列を組んで行進していくので、その重厚な足音で部屋が少し揺れるような気さえした。

 ベランダから庭園を覗くと、兵士がそこかしこで見られた。念には念を入れているのだろう。草木を分ける勢いで、捜索が続けられている。

(これは…一日以上はかかりそうね…)

 ───コンコン。

 兵士達の無益な捜索に心を痛めていると、側女の部屋をノックする音が聞こえた。
 返事を発する前に、二人の男性が入ってくる。言わずもがな、アランとヘルムートだった。

「おはようございます。アラン様、ヘルムート様。お勤めお疲れ様です」

 リーファがふたりに近づき恭しく頭を下げると、アランは不機嫌に顔を歪めた。

「ああ、疲れた。枕になれ」
「はい」

 唯々諾々とリーファがソファの隅に座ってみせると、アランは無言のまま横に座り、リーファの大腿の上に頭を投げ出した。

 ふんふんと、リーファの腹に鼻をすりつけてくるのを見下ろして、向かいに座るヘルムートにも声をかける。

「ヘルムート様も、夜半にありがとうございました」
「いやいや、思いのほか上手くいって良かったと思ってるよ。
 まさか、あんな挑発に乗ってくるなんてね」

 偽者女が王に見初められたら、ウォルトン親子は憤慨するのではないだろうか。腹いせに、偽者女に危害を加えにくるかもしれない───と思い立ったのは、リーファだった。
 その為に美談めいた過去の話を挙げ、アランにはそれに理解を示してもらう振りをしてもらったのだ。

 周囲の評判と司法長官クレメッティの言動はどうなるか分からなかったが、評判は上々。クレメッティも意図を酌んで良い方向へと進展した。

「私はてっきり、セアラさんが来ると思っていたんですけど………まさかルーサーさんが来るなんて…。
 でも、あの人が来て分かりました。ルーサーさん…農村の出の人じゃないんですね」
「ああ、どうやら西の方から来た流れ者らしい。殺しを生業にしていたようだね」

 リーファは昨夜の出来事を思い出す。
 素人目で見ても、最初の一撃は確実に喉元を貫いていたし、廊下を走っている間に胸の間からナイフが飛び出した時は心臓が止まるかと思ったほどだ。”此岸の枷”が外れていなかったら、どうなっていたか。

「それで…セアラさん達は、どうなるんですか…?」

 リーファの疑問に、ヘルムートは小さく頷いて答えてくれる。

「牢屋で拘束されてる囚人は、国から保護されていてね。
 貴族と言えど、私刑は禁じられてるんだ。
 父親が城でやらかしている以上、そういった家系の者を城に入れる訳にはいかない。
 見合いは破談にさせてもらったよ」
「セアラさんは…納得しました?」

 恐る恐るヘルムートに訊ねたら、彼からは苦笑いだけが返ってきた。
 膝の上で黙っていたアランが、心底嫌そうにぼやく。

「そんな訳があるか。
 父親が捕えられた事を知った途端大暴れするものだから、取り押さえて牢屋にぶち込んである。
 全く…『お父様が逮捕されるとかすごくショック受けたから慰謝料を要求するわー』だぞ?
 一体、どういう教育を受けて来たのか…」

 何となく想像出来ていたが為に、リーファから零れる溜息もより重みが増してしまった。

「あまり良い教育は受けてなかったんだろうね。
 学校は入学して程なく退学。それからは毎日遊び惚けていたようだから。
 …それよりも問題はルーサーかな。メーノの村で結構やらかしてるみたいでね。
 村民への過剰な税の取り立てから、国からの補助金のちょろまかしまで。
 最悪、領地の取り上げもあるかもしれない」
「そう、ですか…」

 ばつが悪そうに視線を下げるリーファの顎を、アランが腹立たし気に手の平で押し上げた。

「私に落ち込む顔を見せるな。お前には無関係の話だろうが」
「そ、そうなんですけど………。
 私やマルセルがあの村に行かなかったら、こういう形にはならなかったのかなって思うと…」

 肩を落とすリーファを見て、ヘルムートも呆れたようだ。

「殺されかけてるのに何だかなあ。優しいというか、甘っちょろいというか。
 …一応フォローしておくとね。以前から、ルーサーの問題行動は議題に上がってたんだよ。
 でも、なかなか尻尾を出さなくてね。
 今回、ルーサーが村を離れてくれたから探りを入れやすくなったんだ。
 僕たちとしては大助かりだったんだよ」
「はあ…」

 ヘルムートがそう言うのであれば、リーファとしては納得するしかない。
 その先の事は彼ら次第、という事なのだろう。どの道、今のリーファには何ら関係のない話なのだ。

「…で、結局”ヒルベルタ”は、監獄の例の隠し通路を使って脱出。
 隠し通路は探索させてるけど、途中が水に浸かっていて先の通路へは行っていない事が分かってる。
 あと、城の北側を船で探させているけど、湖岸で彼女が着ていた囚人服だけが見つかった。
 もう少し探すよう指示は出してるけど、恐らく『隠し通路から湖に出ようとして溺死した』扱いになるだろう」

 うん、とリーファは静かに頷いた。概ね、ヘルムートと考えた作戦通りの幕引きだ。

「囚人服については、牢役人達も首を傾げてたけどね。『何で脱げたんだ?』って。
 でも、まあ目印くらいにはなったんじゃない?
 あれが見つからなかったら、捜索範囲が広がっていただろうからさ」

 囚人服はその形状の都合、左右の紐を解かないと手錠が引っかかって服が脱げない。確かに不自然ではあっただろうが、見つかった以上『何かの拍子に脱げたんだろう』と思うしかないだろう。